舌中隔 Septum lingualis; Lingual septum

J0639 (頭頚部の正中矢状断:左側からの右半分の図)

J0663 (新生児の舌体を通る冠状断)

J0664 (新生児の舌の先端を通る冠状断)
舌中隔は、舌の正中矢状面に位置する線維性の結合組織板で、舌の左右を分ける構造です。この中隔は舌の内部構造において重要な支持組織であり、舌筋の付着部位として機能します(Takemoto, 2001; Mu and Sanders, 2010)。解剖学的には、以下の特徴を持ちます:
解剖学的特徴
- **構造:**舌中隔は密な線維性結合組織からなり、主に膠原線維(collagen fibers)と弾性線維(elastic fibers)で構成されています。これらの線維は特殊な配列パターンを示し、舌の多方向性の運動に対応しています(Takemoto, 2001)。組織学的には、I型およびIII型コラーゲンが豊富に含まれ、舌の機械的強度を維持しています(Abd-El-Malek, 1939)。→Abd-El-Malek, S. (1939) 'A contribution to the study of the movements of the tongue in animals, with special reference to the cat', Journal of Anatomy, 73(Pt 2), pp. 261-275. →舌の運動における舌中隔の構造的役割を初めて詳細に記述した古典的研究
- **位置:**舌中隔は舌筋群の間に存在し、特に上縦舌筋(musculus longitudinalis superior linguae)、下縦舌筋(musculus longitudinalis inferior linguae)、横舌筋(musculus transversus linguae)、垂直舌筋(musculus verticalis linguae)の間に位置します(Sokoloff and Deacon, 1992)。舌背から舌下面まで垂直に伸び、舌の正中線を形成しています(Takemoto, 2001)。MRI研究により、舌中隔の厚さは前方で約1-2mm、後方で3-4mmであることが示されています(Dang and Honda, 2004)。→Dang, J. and Honda, K. (2004) 'Construction and control of a physiological articulatory model', Journal of the Acoustical Society of America, 115(2), pp. 853-870. →MRIを用いた舌の三次元構造解析により、舌中隔の詳細な形態を明らかにした研究
- **起始・停止:**舌中隔は後方で舌骨体(corpus ossis hyoidei)の前上面から起始し、前方は舌尖(apex linguae)まで達します(Kajava, 1915)。後方部では舌骨舌筋(musculus hyoglossus)および茎突舌筋(musculus styloglossus)の内側線維と連続しています(Mu and Sanders, 2010)。前方に向かうにつれて徐々に薄くなり、舌尖近くでは不明瞭になります(Miyawaki et al., 1975)。→Kajava, Y. (1915) 'Über die Zungenmuskulatur bei Säugetieren mit besonderer Berücksichtigung ihrer Innervation', Annales Academiae Scientiarum Fennicae, Series A, 5, pp. 1-207. →哺乳類の舌筋と神経支配に関する包括的な比較解剖学的研究
- **血管支配:**舌中隔の血液供給は主に舌動脈(arteria lingualis)の深舌動脈(arteria profunda linguae)および舌背動脈(arteriae dorsales linguae)の分枝によって行われます(Katsuki et al., 2018)。左右の舌動脈系からの分枝が中隔内で吻合を形成し、豊富な血管網を構築しています(Loukas et al., 2007)。静脈還流は舌静脈(vena lingualis)を介して行われます。→Katsuki, T. et al. (2018) 'Anatomical study of the lingual artery and its branches for safe administration of local anesthesia', Surgical and Radiologic Anatomy, 40(8), pp. 933-940. →舌動脈の分枝パターンと舌中隔への血管分布を詳細に記述した最近の研究
- **神経支配:**舌中隔自体には固有の感覚神経分布は少ないですが、周囲の舌筋への運動神経支配は舌下神経(nervus hypoglossus; CN XII)によって行われます(Mu and Sanders, 2010)。舌中隔に隣接する舌粘膜の感覚は、前2/3では舌神経(nervus lingualis)の枝である鼓索神経(chorda tympani)と舌神経本体が、後1/3では舌咽神経(nervus glossopharyngeus; CN IX)が担当します(Shimokawa et al., 2004)。→Mu, L. and Sanders, I. (2010) 'Human tongue neuroanatomy: Nerve supply and motor endplates', Clinical Anatomy, 23(7), pp. 777-791. →ヒト舌の神経解剖学、特に運動神経終板の分布を詳細に解析した重要な研究
- **発生学:**胎生期において、舌中隔は胎生7-8週頃から形成され始めます。舌の外胚葉性隆起(第一・二・三鰓弓由来)が融合する過程で、正中部に中胚葉性の間葉組織が凝集し、舌中隔の原基を形成します(Noden and Francis-West, 2006)。胎生12週頃までに基本的な構造が完成し、その後の舌筋の発達と協調して成熟していきます(Watanabe, 1996)。→Noden, D.M. and Francis-West, P. (2006) 'The differentiation and morphogenesis of craniofacial muscles', Developmental Dynamics, 235(5), pp. 1194-1218. →頭蓋顔面筋の分化と形態形成における発生学的メカニズムを解説した総説
機能的意義
- **筋隔壁機能:**舌中隔は舌の左右の筋肉群を分ける機械的な隔壁として機能し、左右独立した舌運動を可能にします(Takemoto, 2001)。この構造により、舌の片側のみを動かす微細な運動制御が可能となり、咀嚼や構音における舌の協調運動を高めています(Stone et al., 2004)。超音波画像研究では、嚥下時に舌中隔が舌の形状変化の支点として機能することが示されています(Shawker et al., 1984)。→Stone, M. et al. (2004) 'A model of three-dimensional tongue movement based on ultrasound and x-ray microbeam data', Journal of the Acoustical Society of America, 115(5), pp. 2374-2385. →超音波とX線を用いた舌の三次元運動モデルの構築研究
- **形状維持:**舌中隔は舌の形状維持に重要な役割を果たし、特に嚥下(deglutition)や発声(phonation)における舌の立体的な形態変化を支えています(Palmer et al., 2008)。嚥下時には、舌中隔を中心として舌背が前後方向に波状運動を行い、食塊を効率的に咽頭へ送り込みます(Matsuo and Palmer, 2015)。MRI動態解析により、発声時の母音形成において舌中隔が舌形状の対称性維持に寄与していることが明らかにされています(Takemoto, 2001)。→Palmer, J.B. et al. (2008) 'Swallowing disorders in Parkinson's disease', Physical Medicine and Rehabilitation Clinics of North America, 19(4), pp. 829-845. →嚥下障害における舌の機能不全のメカニズムを解説した臨床的総説
- **運動基準点:**舌中隔は内舌筋(intrinsic lingual muscles)の線維走行の基準点となり、複雑な三次元的舌運動を可能にします(Mu and Sanders, 2010)。横舌筋と垂直舌筋の多くの線維が舌中隔に付着し、舌の幅を狭めたり厚みを増したりする運動の支点として機能します(Sokoloff and Deacon, 1992)。計算モデル研究では、舌中隔の存在により舌運動の自由度が増加し、より精密な調音が可能になることが示されています(Buchaillard et al., 2009)。→Buchaillard, S. et al. (2009) 'A biomechanical model of cardinal vowel production: muscle activations and the impact of gravity on tongue positioning', Journal of the Acoustical Society of America, 126(4), pp. 2033-2051. →舌の生体力学モデルによる母音産生メカニズムの解析研究
- **感覚フィードバック:**舌中隔周囲の結合組織には機械受容器が分布しており、舌の位置や運動状態に関する体性感覚情報を中枢神経系に伝達します(Trulsson and Johansson, 2002)。この感覚フィードバックは、精密な舌運動制御や食物の口腔内での操作に不可欠です。→Trulsson, M. and Johansson, R.S. (2002) 'Orofacial mechanoreceptors in humans: encoding characteristics and responses during natural orofacial behaviors', Behavioral Brain Research, 135(1-2), pp. 27-33. →口腔顔面領域の機械受容器の特性と自然な口腔行動時の応答を解析した研究
臨床的意義
- **舌小帯短縮症:**舌小帯短縮症(ankyloglossia、舌強直症)では、舌小帯(frenulum linguae)の異常に加えて、舌中隔の発達異常が関与することがあります(Mills et al., 2019)。重度の症例では、舌中隔が舌尖近くまで肥厚して存在し、舌の前方突出運動や側方運動が制限されます。この状態は哺乳困難、構音障害(特にラ行音、サ行音の発音困難)を引き起こす可能性があります(Messner and Lalakea, 2002)。治療として舌小帯切開術(frenulotomy)や舌小帯形成術(frenuloplasty)が行われますが、舌中隔の関与を術前に評価することが重要です。→Mills, N. et al. (2019) 'Ankyloglossia and breastfeeding: a systematic review', Archives of Disease in Childhood, 104(4), pp. 328-337. →舌小帯短縮症と授乳困難の関連についてのシステマティックレビュー
- **舌癌の進展:**舌癌(tongue cancer)、特に舌体部扁平上皮癌の進展において、舌中隔は重要な解剖学的障壁としての役割を果たします(Calabrese et al., 2011)。早期の舌癌は通常、舌中隔を越えて対側へ浸潤することは少ないですが、進行癌では舌中隔を貫通して対側へ進展することがあります(Yuen et al., 2002)。MRIやCTによる術前画像評価において、舌中隔への浸潤の有無は切除範囲の決定や対側頸部リンパ節郭清の必要性を判断する上で重要な因子です(Lam et al., 2007)。舌中隔を越えた進展がある場合、予後が有意に不良となることが報告されています。→Calabrese, L. et al. (2011) 'Oncological results of the surgical treatment of T1-T2 oral tongue cancers in young adults', Oral Oncology, 47(11), pp. 1062-1065. →若年者の口腔舌癌における外科治療の腫瘍学的成績を報告した研究
- **舌手術の解剖学的指標:**舌の正中部手術(舌部分切除術、舌腫瘍摘出術など)において、舌中隔は重要な解剖学的指標となります(Engel et al., 2017)。正中部の病変を切除する際、舌中隔を同定することで左右の筋群を温存しつつ病変を摘出することが可能になります。また、舌中隔に沿って切開を行うことで、出血を最小限に抑え、術後の舌機能(特に左右の舌運動)を維持することができます(Kimata et al., 2003)。舌再建術においても、舌中隔の位置を考慮した再建設計が、術後の嚥下・構音機能の回復に重要です。→Engel, M. et al. (2017) 'Functional outcomes of tongue reconstruction with the free anterolateral thigh flap', Journal of Reconstructive Microsurgery, 33(3), pp. 194-200. →遊離前外側大腿皮弁による舌再建の機能的成績を報告した研究
- **嚥下・構音障害:**嚥下障害(dysphagia)や構音障害(dysarthria)の一部のケースでは、舌中隔周囲の結合組織の線維化や萎縮による機能不全が関与する可能性があります(Palmer et al., 2008)。脳血管障害後や加齢に伴う舌筋の萎縮において、舌中隔の支持機能低下により舌の形状維持が困難になり、食塊形成や咽頭への送り込みが不十分になることがあります(Robbins et al., 2005)。ビデオ嚥下造影検査(videofluoroscopy)では、舌中隔を中心とした舌の波状運動の減弱が観察されることがあります。リハビリテーションでは、舌筋力強化訓練により舌中隔周囲の筋群を賦活化させることが有効です。→Robbins, J. et al. (2005) 'The effects of lingual exercise on swallowing in older adults', Journal of the American Geriatrics Society, 53(9), pp. 1483-1489. →高齢者における舌運動訓練の嚥下機能への効果を検証した臨床研究