有郭乳頭 Papillae vallatae

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J0659 (舌:上方からの図)

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J0666 (有郭乳頭:表面からの図)

解剖学的特徴

有郭乳頭(vallate papillae)は、舌の後方、分界溝(sulcus terminalis)のすぐ前方に逆V字型に配列する8~12個の大型乳頭(直径2~3mm)です(Standring, 2020)。各乳頭は環状の深い溝(vallum)で取り囲まれており、この構造が「有郭(城壁で囲まれた)」という名称の由来となっています(Drake et al., 2020)。乳頭表面は平坦で、周囲の溝の深さは約1mmに達し、この溝内に味覚受容に重要な味蕾が多数分布します(Nanci, 2017)。組織学的には非角化重層扁平上皮で覆われ、固有層から上皮に向かって多数の二次乳頭(結合組織の突起)が突出しています。この二次乳頭の発達が顕著であることが有郭乳頭の特徴であり、血管供給と神経分布の効率化に寄与しています(Ross and Pawlina, 2016; Mescher, 2018)。

味蕾の分布と微細構造

有郭乳頭の最も重要な特徴は、その側壁に多数の味蕾(約250個/乳頭)が存在することです(Kierszenbaum and Tres, 2019)。これらの味蕾は紡錘形の構造を持ち、乳頭側面の重層扁平上皮内に埋め込まれており、対向する溝壁にも存在します(Paulsen and Waschke, 2017)。各味蕾は50~100個の細胞で構成され、機能的および形態学的にI型(暗細胞、支持細胞)、II型(明細胞、受容細胞)、III型(中間細胞、前シナプス細胞)、IV型(基底細胞、幹細胞)の4種類に分類されます(Chaudhari and Roper, 2010)。II型とIII型細胞が直接味覚受容に関与し、味覚求心性神経線維とシナプス接触を形成します(Kierszenbaum and Tres, 2019)。味蕾は外部環境と連絡する味孔(約2μm径)を有し、この小孔が味管となって溝内の溶液(唾液に溶解した味物質)と味蕾細胞の微絨毛の間で物質交換を可能にします。この構造により、溝内の味物質が効率的に味蕾受容細胞に到達し、味覚受容が行われます(Mescher, 2018; Standring, 2020)。

エブネル腺と神経支配

有郭乳頭の溝底には、エブネル腺(von Ebner's glands)と呼ばれる漿液性小唾液腺の開口部があります(Nanci, 2017)。これらの腺は純漿液性分泌を行い、脂質分解酵素リパーゼおよび抗菌タンパク質を含有しています(Hand and Frank, 2014)。エブネル腺からの分泌物は溝内を洗浄し、前回の味覚刺激物質を除去することで、新たな味覚刺激を受容できるよう準備します(Nanci, 2017; Drake et al., 2020)。有郭乳頭の神経支配は舌咽神経(IX脳神経)によって行われ、舌咽神経の末梢枝(鼓索神経ではなく舌枝)が味蕾に分布し、味覚情報を延髄の孤束核(nucleus of the solitary tract)へと伝達します(Standring, 2020)。有郭乳頭は特に苦味と酸味の感受性が高いことが知られており、これらの味覚は進化的に有毒物質の検出に重要な役割を果たしてきました(Young et al., 2014; Chaudhari and Roper, 2010)。

臨床的意義

有郭乳頭は舌の後方1/3に位置するため、舌咽神経支配領域に含まれます。舌咽神経障害では、この領域の味覚障害(特に苦味と酸味の感受性低下)が生じます(Standring, 2020)。また、有郭乳頭は加齢とともに数が減少し、味蕾の総数も減少することで味覚感受性の全般的な低下につながります(Methven et al., 2012)。臨床的には、舌癌のスクリーニング時に正常な有郭乳頭が誤って病変と見なされることがあり、正確な解剖学的知識が重要です(Neville et al., 2015)。さらに、エブネル腺の機能不全はシェーグレン症候群などの自己免疫疾患で生じ、口腔乾燥症とともに味覚異常の原因となります(Takahashi et al., 2018; Fox, 2008)。放射線治療や化学療法によっても味蕾の損傷と再生能力の低下が起こり、頭頸部癌の治療を受ける患者での味覚障害(dysgeusia)の主要な原因となります(Barlow, 2015; Yamashita et al., 2006)。

参考文献