有郭乳頭 Papillae vallatae

解剖学的特徴

有郭乳頭は、舌の後方、分界溝(sulcus terminalis)のすぐ前に逆V字型に配列する8~12個の大型乳頭(直径2~3mm)です(Standring, 2020)。各乳頭は環状の深い溝(vallum)で取り囲まれており、この構造が「有郭(城壁で囲まれた)」という名称の由来となっています。乳頭表面は平坦で、乳頭周囲の溝の深さは約1mmに達します。組織学的には非角化重層扁平上皮で覆われ、固有層から上皮に向かって多数の二次乳頭が突出しています。この二次乳頭の発達が顕著であることが有郭乳頭の特徴です(Ross and Pawlina, 2016)。

味蕾の分布と微細構造

有郭乳頭の最も重要な特徴は、その側壁に多数の味蕾(約250個/乳頭)が存在することです。これらの味蕾は紡錘形で、乳頭側面の重層扁平上皮内に埋め込まれており、対向する溝壁にも存在します。各味蕾は50~100個の細胞で構成され、I型(暗細胞)、II型(明細胞)、III型(中間細胞)、IV型(基底細胞)の4種類に分類されます。I型とIII型細胞が直接味覚受容に関与し、神経線維とシナプス接触します(Kierszenbaum and Tres, 2019)。味蕾は外部環境と連絡する味孔(約2μm径)を有し、この小孔が味管となって溝内の溶液と味蕾細胞の間の物質交換を可能にします。この構造により、溝内の味物質が味蕾に到達し、味覚受容が行われます(Mescher, 2018)。

エブネル腺と神経支配

有郭乳頭の溝底には、エブネル腺(von Ebner's glands)と呼ばれる漿液性小唾液腺の開口部があります。これらの腺は純漿液性分泌を行い、脂質分解酵素リパーゼを含有しています。エブネル腺からの分泌物は溝内を洗浄し、新たな味覚刺激を受容できるよう準備します(Nanci, 2017)。有郭乳頭の神経支配は舌咽神経(IX脳神経)によって行われ、舌咽神経の末梢枝が味蕾に分布し、味覚情報を孤束核へと伝達します。有郭乳頭は特に苦味と酸味の感受性が高いことが知られています(Young et al., 2014)。

臨床的意義

有郭乳頭は舌の後方1/3に位置するため、舌咽神経支配領域に含まれます。舌咽神経障害では、この領域の味覚障害(特に苦味と酸味)が生じます。また、有郭乳頭は加齢とともに数が減少し、味覚感受性の低下につながります。臨床的には、舌癌のスクリーニング時に有郭乳頭が誤って病変と見なされることがあり、正確な解剖学的知識が重要です。さらに、エブネル腺の機能不全はシェーグレン症候群などの自己免疫疾患で生じ、味覚異常の原因となります(Takahashi et al., 2018)。放射線治療や化学療法によっても味蕾の損傷と再生能力の低下が起こり、治療を受ける癌患者での味覚障害の原因となります(Barlow, 2015)。

参考文献

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J0659 (舌:上方からの図)

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J0666 (有郭乳頭:表面からの図)