上腕筋膜 Fascia brachii
上腕筋膜は、上腕の筋肉を包む強靭な結合組織の膜です。解剖学的構造と臨床的意義は以下の通りです(Standring, 2016; Moore et al., 2018):

J0463 (右腋窩の筋膜:尾側図)

J0937 (右上腕の皮神経、外側後方からの図)
解剖学的特徴
- 上腕筋膜は表層と深層の2つの層から構成され、上腕の筋肉群(屈筋群と伸筋群)を完全に包みます(Stecco et al., 2009)。
- 内側上腕筋間中隔と外側上腕筋間中隔が深層から伸び、上腕の前区画(屈筋群)と後区画(伸筋群)を明確に分離します。
- これらの筋間中隔は上腕筋膜から上腕骨骨膜へと延び、強固に付着します。
- 内側上腕筋間中隔は烏口腕筋の停止部から始まり、上腕二頭筋・上腕筋・円回内筋(屈筋群)と上腕三頭筋(伸筋群)を分離します(Tubbs et al., 2006)。
- 外側上腕筋間中隔は三角筋粗面のやや遠位部から始まり、腕橈骨筋・長橈側手根伸筋(前外側筋群)と上腕三頭筋(後方筋群)を分離します。
- 両筋間中隔は上腕骨の内側縁と外側縁に沿って走行し、それぞれ内側上顆と外側上顆に停止します。
- 近位では上腕筋膜は腋窩筋膜や三角筋筋膜と連続し、遠位では前腕筋膜へと移行します(Cho et al., 2013)。
上腕の断面において、肘窩のわずか近位(約2.5cm上方)に尺側皮静脈裂孔(hiatus basilicus)があり、ここで尺側皮静脈が深層へと貫通し、上腕深静脈と合流します。この裂孔には内側前腕皮神経も通過します(Standring, 2016)。
臨床的意義
- コンパートメント症候群:外傷や過度の運動後に上腕の筋区画内圧が上昇し、筋肉の虚血と神経障害を引き起こす可能性があります。緊急の筋膜切開が必要となることがあります(von Keudell et al., 2015)。
- 神経絞扼:内側上腕筋間中隔は尺骨神経の走行経路となり、この部位での神経絞扼が尺骨神経障害を引き起こすことがあります(Mackinnon and Novak, 2005)。
- 上腕骨骨折:上腕骨骨幹部骨折では、筋間中隔の牽引により骨折片の変位パターンが決定されることがあります(Sarmiento et al., 2001)。
- 静脈アクセス:尺側皮静脈裂孔の解剖学的位置を理解することは、静脈穿刺や中心静脈カテーテル挿入時に重要です(Yamada et al., 2017)。
- 筋膜リリース:筋膜性疼痛症候群の治療として、上腕筋膜のリリースが行われることがあります(Stecco et al., 2013)。
参考文献
- Cho, H., Lee, H.Y., and Gil, Y.C. (2013). Surgical and Radiologic Anatomy, 35(10), pp.893-899. — 上腕筋膜の解剖学的変異と臨床的意義について詳細に検討しています。