烏口肩峰靱帯は肩関節の重要な構成要素であり、その解剖学的特徴と臨床的意義について詳述します:
解剖学的特徴
構造と位置: 烏口肩峰靱帯は、肩甲骨烏口突起の外側縁から広く扇状に起始し、外側上方に走行して肩峰の前下面に停止する三角形の平坦な靱帯です。厚さは約2-5mm、幅は約1.5-2cm、長さは約3-4cmで、コラーゲン線維が主体の強靱な結合組織で構成されています(Gray, 2020)。この靱帯は前方部と後方部に分けられることもあり、前方部がより太く強靱です。
組織学的特徴: 主にI型コラーゲン線維からなり、一部弾性線維も含まれます(Standring, 2021)。線維は主に烏口突起から肩峰への方向に配列しており、靱帯の前方部では線維が密に、後方部ではやや疎に配列しています。
血液供給と神経支配: 胸肩峰動脈と肩甲上動脈の分枝から血液供給を受けます。神経支配は主に肩甲上神経と腋窩神経の小枝によって行われています(Moore et al., 2018)。
周囲構造物との関係: この靱帯は肩関節を上方から覆いますが、直下には肩甲下筋と棘上筋の腱、および肩峰下滑液包が存在するため、関節包とは直接接していません(Netter, 2019)。烏口突起、肩峰とともに「烏口肩峰アーチ(coracoacromial arch)」または「肩の屋根(Schulterdach)」と呼ばれる構造を形成し、上腕骨頭の上方への移動を防ぐ重要な役割を果たしています。
機能的役割
臨床的意義
インピンジメント症候群: 烏口肩峰靱帯と棘上筋腱の間の空間が狭くなることで、腱が圧迫され炎症を起こす状態です(Neer, 1972)。特に腕を挙上する動作で疼痛が生じます。長期間のインピンジメントは棘上筋腱の変性や断裂につながることがあります。
肩峰下滑液包炎: 烏口肩峰靱帯の下方に位置する肩峰下滑液包の炎症で、肩の挙上時に痛みを生じます(Michener et al., 2003)。繰り返しの肩の使用や外傷が原因となります。
外科的処置: 重度のインピンジメント症候群では、烏口肩峰靱帯の一部または全部を切除する烏口肩峰靱帯切除術(アクロミオプラスティ)が行われることがあります(Ellman, 1987)。これにより肩峰下空間が拡大し、インピンジメントが軽減されます。
リハビリテーション: 肩のインピンジメント症候群や腱板損傷の治療では、烏口肩峰靱帯の機能を考慮した肩関節の安定性回復と可動域改善のためのリハビリテーションが重要です(Kisner & Colby, 2017)。棘上筋や肩甲下筋などの腱板筋群の強化や、肩甲骨の位置制御を目的とした運動療法が行われます。
この靱帯は比較的単純な構造ですが、肩関節の生体力学と臨床病態において重要な役割を果たしています。特に高齢者や反復的な肩の使用が多いスポーツ選手(水泳、テニス、野球など)では、この構造に関連した病態が多く見られます(Kibler et al., 2013)。