環椎横靭帯 Ligamentum transversum atlantis
環椎横靱帯は、頚椎の安定性を担う重要な構造の一つです。その解剖学的特徴と臨床的意義について詳細に解説します。

J0298 (環椎と軸椎の靱帯:上方からの図)

J0299 (後頭骨、第1および第2頚椎とその靭帯(第3層):後方からの図)

J0302 (後頭骨と最初から三番目までの頚椎を含む正中矢状断とそのリング状の組織:左方からの若干図式化された図)
解剖学的特徴
- 位置と走行:
- 環椎(第1頚椎)の左右の外側塊(lateral mass)内側面に付着し、横方向に走行しています(Standring, 2020)。
- 歯突起(軸椎歯)の後方を取り囲むように位置しています(Tubbs et al., 2019)。
- 構造:
- 強靭な膠原線維束からなり、厚さ約4-6mmの帯状構造を形成しています(Bogduk and Mercer, 2000)。
- 前面中央部には線維軟骨(fibrocartilage)を有し、歯突起との関節面を形成しています(Panjabi et al., 2018)。
- 上縦束と下縦束と合わせて、環椎十字靱帯(cruciform ligament of atlas)を構成しています(Tubbs et al., 2019)。
- 血液供給:
- 主に椎骨動脈の枝から栄養を受けています(Cavdar et al., 2023)。
- 神経支配:
- 上位頚神経の小枝が感覚神経として分布しています(McLauchlan and Pilgram, 2021)。
機能的役割
- 生体力学的機能:
- 歯突起と関節面を形成し、環軸関節(atlanto-axial joint)の回旋運動を安定させています(Panjabi et al., 2018)。
- 歯突起の後方への移動を制限し、頭部回旋時の安定性を確保しています(Joaquim et al., 2020)。
- 頭部前後屈時の過度な変位を防止しています(Bogduk and Mercer, 2000)。
- 特殊性:
- 通常の靱帯とは異なり、関節面としての機能も持ち合わせています(Standring, 2020)。
- 同一の骨(環椎)に両端が付着する特殊な構造を持っています(Tubbs et al., 2019)。
臨床的意義
病態と疫学
- 外傷性損傷:
- 交通事故、スポーツ外傷、高所からの転落などによる急性損傷が主な原因です(Dickman et al., 2017)。
- 頭部への過度な屈曲・伸展力や、軸性回転力が加わることで断裂が生じます(Joaquim et al., 2020)。
- 完全断裂の場合、環軸関節の著明な不安定性を呈し、歯突起の後方脱臼により脊髄損傷のリスクが極めて高くなります(Tubbs et al., 2019)。
- 部分断裂でも、経時的に不安定性が進行する可能性があり、慎重な経過観察が必要です(Dickman et al., 2017)。
- 関節リウマチに伴う病変:
- 関節リウマチ患者の約25-30%に環軸椎亜脱臼が認められ、そのうち環椎横靱帯の弛緩や破壊が主要な病態機序となっています(Takatori et al., 2022)。
- 慢性炎症により靱帯の膠原線維が変性し、力学的強度が低下します(Joaquim et al., 2020)。
- 歯突起と環椎後弓の間隙(atlanto-dental interval: ADI)が3mm以上に開大した場合、臨床的に有意な不安定性と判断されます(Takatori et al., 2022)。
- 進行例では脊髄圧迫により、上肢の巧緻運動障害、歩行障害、膀胱直腸障害などの脊髄症状が出現します(Standring, 2020)。
- 先天性疾患:
- ダウン症候群では約10-20%に環椎横靱帯の弛緩が認められ、環軸関節不安定性のリスク因子となります(Joaquim et al., 2020)。
- その他の結合組織疾患(Ehlers-Danlos症候群、Marfan症候群など)でも靱帯弛緩が生じることがあります(Tubbs et al., 2019)。
- 変性疾患:
- 加齢に伴う靱帯の変性や石灰化により、機能不全を呈することがあります(Panjabi et al., 2018)。
- 長期的な機械的ストレスにより、靱帯の微小断裂や瘢痕形成が進行する場合があります(Bogduk and Mercer, 2000)。
臨床症状
- 神経学的症状:
- 脊髄圧迫による四肢の筋力低下、感覚障害、深部腱反射亢進、病的反射の出現(Dickman et al., 2017)。
- 上位頚髄損傷では、呼吸筋麻痺による呼吸困難や人工呼吸器依存のリスクがあります(Joaquim et al., 2020)。
- 延髄圧迫症状として、嚥下障害、構音障害、複視などが出現することもあります(Tubbs et al., 2019)。
- 疼痛症状:
- 上位頚部痛、後頭部痛が主な訴えとなります(McLauchlan and Pilgram, 2021)。
- 頭部回旋時や屈曲時に増悪する頚部痛が特徴的です(Bogduk and Mercer, 2000)。
- 大後頭神経領域への放散痛を伴うことがあります(McLauchlan and Pilgram, 2021)。