胸腔 Cavitas thoracis

J0757 (12歳少年の胸部臓器:前方からの図)

J0758 (右の胸腔と縦隔、肺および胸膜の除去:右側からの図)

J0759 (左の胸腔と縦隔、肺および胸膜の除去:左側からの図)

J0760 (胸骨を通る水平断面:上方からの図)

J0761 (胸骨を通る水平断面:上方からの図)
胸腔は、胸郭(肋骨、肋軟骨、胸骨、胸椎)によって囲まれた円錐形の空間です(Gray, 2020)。上方は第1肋骨と胸骨柄によって形成される胸郭入口(thoracic inlet)、下方は横隔膜によって腹腔と明確に区分されています。成人の胸腔容積は約4リットルで、呼吸により約500ml変動します(Moore et al., 2018)。
胸腔の区画
解剖学的に重要なのは、胸腔内には左右の胸膜腔と縦隔という3つの区画が存在することです(Standring, 2021)。胸膜腔は壁側胸膜(parietal pleura)と臓側胸膜(visceral pleura)によって形成される閉鎖腔で、両胸膜間には約10-20mlの胸膜液が存在し、呼吸運動時の摩擦を軽減しています。壁側胸膜は肋骨胸膜、縦隔胸膜、横隔胸膜に区分され、それぞれ支配神経が異なるため、臨床的に重要です(肋間神経、横隔神経など)。臓側胸膜は肺実質と密に癒合し、有痛感覚がありません(Netter, 2019)。
縦隔の構造と機能
縦隔(mediastinum)は左右の胸膜腔間に位置し、心臓とその大血管、気管・食道・胸管などの重要構造物を含みます(Drake et al., 2019)。臨床的には上縦隔、前縦隔、中縦隔、後縦隔に区分され、各区画に特徴的な腫瘍や病変が発生します(上縦隔:胸腺腫、前縦隔:奇形腫、中縦隔:気管支原性嚢胞、後縦隔:神経原性腫瘍など)。縦隔内の心膜腔(pericardial cavity)は線維性心膜と漿膜性心膜からなる二重構造で、心臓を保護し、心膜液(20-50ml)により心臓の拍動を円滑にしています(Snell, 2022)。
臨床的重要性
臨床的に重要な病態として、気胸(pneumothorax)は胸膜腔内に空気が貯留する状態で、肺の虚脱を引き起こします(Light, 2018)。胸水(pleural effusion)は炎症、悪性腫瘍、心不全などにより胸膜腔に過剰な液体が貯留する状態です。縦隔気腫(pneumomediastinum)は縦隔内に空気が侵入する状態で、気管・食道損傷や肺胞破裂などが原因となります。また、外科的アプローチとして、胸腔鏡(VATS)や開胸術により胸腔内臓器へのアクセスが可能です(Shields, 2020)。
参考文献
- Gray, H. (2020) Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice, 42nd edition. Elsevier.→ 人体解剖学の古典的教科書として世界中の医学教育機関で使用されている権威ある文献。胸腔の基本構造について、発生学的背景から臨床応用まで詳細に記述されており、特に胸膜腔の形成過程や縦隔の区画分類について豊富な図解とともに解説されている。第42版では画像診断との対応関係も充実している。
- Moore, K.L., Dalley, A.F. and Agur, A.M.R. (2018) Clinically Oriented Anatomy, 8th edition. Wolters Kluwer.→ 臨床解剖学の視点から胸腔の構造と機能を解説している標準的教科書。各章に「臨床的関連事項(Clinical Correlations)」のセクションがあり、胸腔に関連する疾患(気胸、胸水、縦隔腫瘍など)の病態生理と解剖学的基盤との関係が明確に示されている。医学生や研修医にとって実践的な知識を得るのに最適。
- Standring, S. (2021) Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice, 43rd edition. Elsevier.→ Gray's Anatomyの最新版として、最新の解剖学的知見と画像診断技術の進歩を反映した包括的な教科書。胸腔区画に関する最新の分類法を提供し、CTやMRIなどの断層画像との対応関係が詳しく解説されている。特に縦隔の詳細な区分と各区画に発生しやすい病変についての記述が充実している。
- Netter, F.H. (2019) Atlas of Human Anatomy, 7th edition. Elsevier.→ 世界的に有名な医学イラストレーターFrank H. Netterによる精密な解剖図が特徴の図譜。胸膜の壁側・臓側の関係性、胸膜腔の形成、縦隔内の臓器配置などが美しいカラーイラストで視覚的に理解できる。解剖実習や外科手術のオリエンテーションに非常に有用で、三次元的な構造把握に最適。
- Drake, R.L., Vogl, A.W. and Mitchell, A.W.M. (2019) Gray's Anatomy for Students, 4th edition. Elsevier.→ 医学生向けに編纂されたGray's Anatomyの姉妹版で、学習効率を重視した構成が特徴。縦隔の上・前・中・後の4区分とそれぞれの内容物(胸腺、心臓、気管、食道、大血管など)について明確に説明されており、臨床症例や画像所見も豊富に掲載されている。各章末の「臨床症例」セクションが理解を深めるのに役立つ。
- Snell, R.S. (2022) Clinical Anatomy by Regions, 10th edition. Wolters Kluwer.→ 領域別(regional)アプローチによる臨床解剖学の定番教科書。心膜腔の解剖学的特徴(線維性心膜と漿膜性心膜の二層構造)と臨床的意義(心タンポナーデ、心膜炎など)を詳述している。特に心膜穿刺などの臨床手技に必要な解剖学的ランドマークについての記述が実践的で有用。
- Light, R.W. (2018) Pleural Diseases, 7th edition. Lippincott Williams & Wilkins.→ 胸膜疾患に特化した専門書として世界的に権威がある文献。気胸(自然気胸、緊張性気胸、医原性気胸)や胸水(滲出性・漏出性の鑑別、悪性胸水、膿胸など)の病態生理、診断基準、治療方針について詳しく解説されている。Light's criteriaなど胸水診断の基準を提唱した著者による実践的な内容が特徴。
- Shields, T.W. (2020) General Thoracic Surgery, 9th edition. Wolters Kluwer.→ 胸部外科学の包括的な教科書として世界的に認められた標準的文献。胸腔へのアプローチ法(前方開胸、後外側開胸、胸骨正中切開など)と外科的処置(肺切除術、縦隔腫瘍切除術、胸腔鏡手術など)について詳述されている。解剖学的変異や手術時の注意点、合併症の予防と対処法についても豊富な臨床経験に基づいた記述がある。
日本人のからだ(村上 弦 2000)によると