前仙骨孔 Foramina sacralia anteriora

J0130 (仙骨:前面および下方からの図)

J0133 (仙骨の二対の仙骨孔を通るレベルでの断面図)
解剖学的特徴
前仙骨孔は仙骨の前面(骨盤面、facies pelvica)に存在する4対の孔で、仙骨の重要な解剖学的構造の一つです。これらの孔は仙骨管(canalis sacralis)と骨盤腔を連絡し、神経血管束の通過路として機能します(Standring, 2020; Moore et al., 2018)。
- 位置と配列:前仙骨孔は仙骨前面の横線(lineae transversae)の外側端に位置します。横線は第1から第4仙椎体の癒合部を示す隆起線で、前仙骨孔はこの線の両端、すなわち仙骨体と外側部(pars lateralis)の境界部に開口しています。左右に4対、合計8個の孔が縦方向に規則的に配列し、第1仙骨孔(最上位)から第4仙骨孔(最下位)まで順次小さくなる特徴があります。
- 形状と大きさ:各孔は楕円形または不整円形を呈し、長径は約5-8mm(第1仙骨孔)から2-4mm(第4仙骨孔)まで変化します。孔の開口部は前外側方向に向いており、この方向性が臨床的なアクセスにおいて重要です。孔の縁は比較的平滑で、鋭利な骨棘は通常認められません。
- 構造的連続性:各前仙骨孔は仙骨管と直接連絡しており、管内を走行する仙骨神経前枝の出口となっています。また、各前仙骨孔は仙骨管を介して対応する後仙骨孔(foramina sacralia posteriora)と交通しています。この前後の孔の連絡により、神経根は仙骨管内で前枝と後枝に分岐し、それぞれ前仙骨孔と後仙骨孔から出ることができます。
- 発生学的背景:前仙骨孔は椎間孔(foramina intervertebralia)の仙骨における相同構造です。胎生期に5個の仙椎が癒合する過程で、各仙椎間の椎間孔が前仙骨孔として保存されます。この発生過程の異常により、孔の数や配列に変異が生じることがあります(Postacchini et al., 2009)。
- 解剖学的変異:前仙骨孔の数や形状には個体差があります。まれに第5仙椎が完全に癒合せず、5対の前仙骨孔を持つ症例や、逆に上位仙椎の癒合が進み3対しか形成されない症例も報告されています。また、左右非対称な配列や、孔の欠損・重複といった変異も存在します(Standring, 2020)。
通過構造
前仙骨孔を通過する神経血管束は、骨盤内の感覚運動機能および栄養供給において重要な役割を果たします(Netter, 2018; Drake et al., 2019):
- 仙骨神経の前枝(rami anteriores nervorum sacralium):第1から第4仙骨神経(S1-S4)の前枝が各前仙骨孔から出ます。これらの神経は以下の機能を担います:
- S1-S3前枝:仙骨神経叢(plexus sacralis)を形成し、坐骨神経(nervus ischiadicus)、陰部神経(nervus pudendus)、下殿神経(nervus gluteus inferior)などの重要な末梢神経を構成します。これらは下肢の運動・感覚、会陰部の感覚、骨盤底筋の運動を支配します。
- S2-S4前枝:陰部神経叢(plexus pudendus)および内臓神経枝を形成し、膀胱、直腸、性器の自律神経支配(排尿・排便・性機能)を担います。特にS2-S4の副交感神経線維(骨盤内臓神経、nervi splanchnici pelvici)は膀胱収縮と直腸蠕動の調節に不可欠です。
- 外側仙骨動脈の枝(rami of arteriae sacrales laterales):内腸骨動脈(arteria iliaca interna)の枝である外側仙骨動脈から分岐した枝が各前仙骨孔を通って仙骨管内に入ります。これらの動脈枝は以下の構造に栄養を供給します:
- 仙骨神経根とその周囲の硬膜
- 仙骨管内の脂肪組織と結合組織
- 仙骨骨髄(内部の海綿骨)
- 対応する後仙骨孔から出て、仙骨後面の筋肉(多裂筋など)にも分布
- 外側仙骨静脈の枝(rami of venae sacrales laterales):動脈に伴行する静脈系が前仙骨孔を通過し、仙骨管内および仙骨骨髄からの静脈血を内腸骨静脈系に還流します。これらの静脈は椎骨静脈叢(plexus venosus vertebralis)の仙骨部分を構成し、Batson静脈叢の一部として癌の血行性転移の経路となることがあります。
- リンパ管:わずかながらリンパ管も前仙骨孔周囲を通過し、仙骨前リンパ節(nodi lymphatici presacrales)に流入します。
臨床的意義
前仙骨孔は多くの臨床場面で重要な意義を持ち、その解剖学的理解は診断・治療において不可欠です:
- 仙骨神経ブロックと硬膜外麻酔:疼痛管理、産科麻酔、泌尿器科・肛門科手術において、前仙骨孔を介した神経ブロックが行われます(Cousins et al., 2009):
- 仙骨硬膜外麻酔(caudal epidural anesthesia):仙骨裂孔(hiatus sacralis)から硬膜外腔に局所麻酔薬を注入し、前仙骨孔から出る仙骨神経前枝をブロックします。小児の下肢手術や成人の会陰部手術に広く使用されます。
- 経仙骨孔ブロック(transsacral block):透視下または超音波ガイド下で、前仙骨孔に直接針を刺入し、特定の仙骨神経前枝を選択的にブロックする技術です。慢性骨盤痛、会陰部痛、尾骨痛の治療に有効です。
- 解剖学的ランドマーク:前仙骨孔の位置は触診では確認できないため、X線透視やCTガイドが必要です。第1仙骨孔は上後腸骨棘の内下方約2-3cmに位置することが目安となります。
- 骨盤内手術における解剖学的ランドマーク:前仙骨部の手術では、前仙骨孔から出る神経血管束の損傷回避が重要です(Dozois et al., 2011):
- 仙骨腫瘍摘出術:脊索腫(chordoma)、神経鞘腫(schwannoma)、奇形腫(teratoma)などの仙骨腫瘍の切除において、腫瘍が前仙骨孔に及ぶ場合、神経温存の可否が術前に評価されます。S3以下の神経を犠牲にしても排尿・排便機能は比較的保たれますが、S1-S2の損傷は重篤な機能障害を引き起こします。
- 直腸癌の仙骨合併切除(sacrectomy):局所進行直腸癌が仙骨前面に浸潤した場合、仙骨の部分切除が行われることがあります。この際、前仙骨孔から出る神経の切離レベルが術後の機能予後を決定します。
- 前仙骨膿瘍のドレナージ:仙骨骨髄炎や深部骨盤内感染により前仙骨腔に膿瘍が形成された場合、経皮的または外科的ドレナージが行われますが、前仙骨孔周囲の神経血管束の損傷に注意が必要です。
- 仙骨骨折と神経損傷:高エネルギー外傷(交通事故、高所からの転落など)により仙骨骨折が生じた場合、前仙骨孔周囲の骨折線により仙骨神経前枝が損傷されることがあります(Denis et al., 1988):
- Denis分類:仙骨骨折はDenis分類により、Zone I(仙骨翼部)、Zone II(前仙骨孔部)、Zone III(中心部)に分類されます。Zone IIの骨折では前仙骨孔を通過する神経損傷の頻度が高く、約30-50%に神経症状を認めます。
- 神経症状:S1神経根損傷により足関節底屈力低下とアキレス腱反射消失、S2-S4神経根損傷により膀胱直腸障害(尿閉、便秘、失禁)、性機能障害(勃起障害、射精障害)が生じます。特に両側性のS2-S4損傷は重篤な排尿・排便障害を引き起こします。
- 予後:骨折部の転位が大きい場合や骨片による神経圧迫が持続する場合、神経症状の回復は不良です。早期の骨折整復と神経除圧が機能回復に重要です。