上椎切痕 Incisura vertebralis superior
上椎切痕は、椎骨の椎弓根上縁に存在する解剖学的凹構造であり、脊椎神経系の通路形成において重要な役割を果たします。その詳細な解剖学的特徴と臨床的意義は以下の通りです(Gray and Williams, 2020; Standring, 2021):

J0116 (椎骨:頭蓋骨側からの図)
J0117 (椎骨:右方からの図)

J0118 (第4頚椎:頭側からの図)
J0119 (第4頚椎:右側からの図)

J0126 (第6胸椎:頭側からの図)
J0127 (第6胸椎:右側からの図)

J0129 (第3腰椎:上方からの図)
解剖学的特徴
- 位置と境界:椎弓根(pedicle)の上縁に位置し、椎体後外側から椎弓に移行する部分に形成されます。椎弓根は椎体後面の上部外側から起始し、その上縁が上椎切痕を形成します(Neumann, 2017)。
- 形態学的特徴:浅い半月状または弧状の凹みで、滑らかな曲面を形成しています。頚椎では比較的浅く不明瞭ですが、胸椎・腰椎では次第に深く明瞭になります。特に腰椎では最も深く形成され、椎間孔の形成に大きく寄与します(Drake et al., 2019)。
- 椎間孔の形成:上位椎骨の下椎切痕(incisura vertebralis inferior)と組み合わさることで、椎間孔(foramen intervertebrale)を形成します。椎間孔は脊髄神経が脊柱管から脊柱外へ出る重要な通路です(Moore et al., 2018)。
- 組織学的構造:緻密骨(compact bone)で覆われており、その内面は滑らかに形成されています。これにより脊髄神経の機械的損傷を防ぎ、神経の円滑な通過を可能にしています(Bogduk, 2016)。
- 椎間孔の解剖学的構成:椎間孔は上下の椎弓根、後方の上下関節突起(articular processes)、前方の椎体と椎間板によって境界されます。上椎切痕はその上方境界の一部を形成し、椎間孔の高さの約40-50%を占めます(Cramer and Darby, 2017)。
機能的役割と神経血管構造
- 脊髄神経の通路:脊髄神経根(前根と後根が合流した混合神経)が椎間孔を通過する際、上椎切痕は上方境界として神経の保護と誘導に寄与します。神経根は椎間孔内で硬膜に包まれており、椎間孔の高さと形態は神経根の圧迫リスクに直接影響します(Cramer and Darby, 2017)。
- 後根神経節(dorsal root ganglion):後根神経節は通常、椎間孔内またはその近傍に位置します。上椎切痕の形態は後根神経節の位置と空間的余裕に影響を与え、神経根症の発症リスクに関連します(Hasegawa et al., 1996)。
- 血管構造:分節動脈(segmental arteries)および分節静脈(segmental veins)が椎間孔を通過し、脊髄および椎体への血液供給・排出経路を形成します。また、脊髄神経に伴走する動静脈(radicular vessels)も通過し、神経根への栄養血管として機能します(Standring, 2021)。
- 交感神経節:胸椎レベルでは、交感神経幹が椎体外側面に沿って走行し、灰白交通枝(gray rami communicantes)が椎間孔を通過して脊髄神経に合流します。上椎切痕周囲の解剖学的関係は、これらの自律神経構造にも影響します(Cramer and Darby, 2017)。
臨床的意義
- 椎間板ヘルニア:椎間板の髄核が線維輪を破って後外側に突出すると、椎間孔が狭小化し、通過する神経根を圧迫します。特にL4/L5、L5/S1レベルでの外側型ヘルニアは、椎間孔内で神経根を圧迫し、激しい下肢痛(坐骨神経痛)、感覚障害、筋力低下を引き起こします(Rao, 2018)。
- 脊柱管狭窄症:加齢性変化、変形性脊椎症、椎間関節の肥厚、黄色靱帯の肥厚により椎間孔が狭小化すると、神経根症状(放散痛、感覚障害、筋力低下)を生じます。腰部脊柱管狭窄症では、間欠性跛行(神経性跛行)が特徴的な症状として現れます(Lee et al., 2019)。
- 椎間孔狭窄の分類:椎間孔狭窄は、中心部狭窄(central stenosis)、外側陥凹狭窄(lateral recess stenosis)、椎間孔狭窄(foraminal stenosis)、椎間孔外狭窄(extraforaminal stenosis)に分類され、上椎切痕の形態変化は特に椎間孔狭窄に関連します(Lee et al., 2010)。
- 画像診断:MRIやCTでは、椎間孔の矢状断面積、椎間孔の高さと幅が評価されます。正常な腰椎椎間孔の高さは約15-20mm、幅は約8-10mmですが、これらが減少すると神経根圧迫のリスクが高まります(Hasegawa et al., 1996)。
- 神経ブロック療法:選択的神経根ブロック(selective nerve root block)や経椎間孔硬膜外ブロック(transforaminal epidural steroid injection)では、椎間孔へのアプローチ経路として上椎切痕の位置が重要な指標となります。透視下で椎弓根の外側上縁(safe triangle)を目標に針を進め、神経根周囲に薬剤を注入します(Benzon et al., 2017)。