






下顎体は下顎骨の主要な部分であり、解剖学的構造と臨床的応用の両面で極めて重要な意義を持つ。本項では、その詳細な解剖学的特徴と臨床的意義について包括的に述べる。
下顎体(corpus mandibulae)は、下顎骨を構成する主要部分であり、後方に向かって開いたL字形の左右両半から成る。これらは胎生期の正中部で癒合し、単一の骨として完成する(Drake et al., 2019; Sadler, 2019)。下顎体はほぼ垂直に立つ厚い骨板構造を呈し、この構造的特性は咀嚼時に発生する強大な力学的負荷に耐えるために必要不可欠である(Fehrenbach and Herring, 2015)。
形態学的には、下顎体は一般的に前方が高く後方がやや凹んでいる。この特徴的な形状は、咬筋、側頭筋、内側翼突筋などの咀嚼筋の付着と機能に密接に関連しており、効率的な咀嚼運動を可能にする解剖学的基盤となっている(Berkovitz et al., 2018; Norton, 2017)。
内側面の解剖
下顎体の内側面には、顎舌骨筋線(linea mylohyoidea)が斜走している。この線は下顎体の後方から前下方に向かって走行し、顎舌骨筋(musculus mylohyoideus)の起始部となる(Netter, 2018; Standring, 2020)。顎舌骨筋線より上方の領域は舌下腺窩(fossa sublingualis)、下方の領域は顎下腺窩(fossa submandibularis)と呼ばれ、それぞれ舌下腺と顎下腺が接する部位である(Moore et al., 2018)。
正中部付近の内側面には、オトガイ棘(spina mentalis)が存在し、オトガイ舌骨筋とオトガイ舌筋の付着部となる。また、下顎孔(foramen mandibulae)は下顎体の内側面後方に位置し、下歯槽神経(nervus alveolaris inferior)、下歯槽動脈(arteria alveolaris inferior)、および下歯槽静脈(vena alveolaris inferior)が通過する重要な解剖学的構造である(Malamed, 2020)。
外側面の解剖
下顎体の外側面には咬筋線(linea masseterica)があり、咬筋(musculus masseter)の付着部となる。この線は下顎枝から下顎体外側面に連続し、咬筋の浅層および深層の両方が付着する(Norton, 2017)。
外側面の前方正中付近には、オトガイ孔(foramen mentale)が開口している。この孔は通常、犬歯と第一小臼歯の間、または第二小臼歯の直下に位置し、オトガイ神経(nervus mentalis)とオトガイ動静脈が通過する(Sinnatamby, 2011)。オトガイ孔の位置には個体差があり、この位置関係は局所麻酔や外科手術において重要な解剖学的指標となる(Malamed, 2020)。
上縁:歯槽部
下顎体の上縁とその周囲は歯槽部(pars alveolaris)と呼ばれ、歯槽(alveoli dentales)が配列している。歯槽部は歯を支持する重要な構造であり、各歯槽は歯根を収容し、歯根膜を介して歯と骨を結合させている(Liebgott, 2018)。
歯槽部の骨質は、機能的適応により絶えず改変される。歯の喪失後、歯槽部は吸収され、下顎体の高さは著しく減少する。また、歯周疾患により歯槽骨の吸収が進行すると、歯の支持が失われ、最終的には歯の喪失につながる(Berkovitz et al., 2018)。
下縁:下顎底
下顎体の下縁は下顎底(basis mandibulae)と呼ばれ、頭部と頸部の境界線として触診可能な重要な解剖学的指標である。下顎底は歯槽部よりも幅広く、側面がやや傾斜しており、これが下顎体に特徴的な断面形状を与えている(Abrahams et al., 2019)。
下顎底の内側には二腹筋窩(fossa digastrica)があり、二腹筋前腹が付着する。この部位の解剖学的知識は、頸部の外科手術や画像診断において重要である(Standring, 2020)。