臍部 Umbilicus

J0391 (人体の部位:前面図)

J0728 (男性の前腹壁(下半分):後方からの図)
解剖学的特徴
臍部(臍:へそ、umbilicus)は腹壁の中央に位置する瘢痕組織で、胎生期に臍帯が付着していた部位です(Standring, 2020)。以下のような解剖学的特徴を有します:
- 解剖学的位置:
- 前正中線上、第10肋骨の高さ、第3腰椎と第4腰椎の椎間円板レベル(L3-L4)に位置します(Moore et al., 2022)。
- 垂直方向では、幽門平面(transpyloric plane、L1レベル)と臍平面(umbilical plane、L3-L4レベル)の間に存在し、腹部9区分法における臍部(umbilical region)の中心点となります(Standring, 2020)。
- 大動脈分岐部(腰椎L4レベル)の体表指標として臨床的に重要です(Drake et al., 2020)。
- 個体差があり、体型や年齢により位置が変動しますが、通常は恥骨結合上縁から15-17cm上方に位置します(Ellis et al., 2018)。
- 発生学的起源と構造:
- 胎生期に臍帯(umbilical cord)が付着していた部位で、臍帯には2本の臍動脈、1本の臍静脈、尿膜管が通っていました(Sadler, 2019)。
- 出生後、臍帯が結紮・切断されると、臍帯断端は乾燥壊死し、生後1-2週間で自然脱落します(Schoenwolf et al., 2021)。
- 臍帯脱落後、臍輪(umbilical ring)は収縮し、瘢痕組織に置き換わって臍部を形成します(Moore et al., 2022)。
- 成人の臍部は皮膚が陥凹した構造で、中央部は筋膜と癒着しています(Standring, 2020)。
- 臍帯構造の成人における遺残:
- 臍静脈は肝円索(ligamentum teres hepatis)として残存し、腹壁から肝臓の左葉まで走行します(Drake et al., 2020)。
- 臍動脈は内側臍索(medial umbilical ligament)となり、膀胱上方まで走行します。遠位部は閉塞しますが、近位部は上膀胱動脈として開存します(Moore et al., 2022)。
- 尿膜管は正中臍索(median umbilical ligament)として残存し、膀胱頂部から臍部まで走行します(Standring, 2020)。
- 臍部の層構造:
- 皮膚:薄く可動性に乏しい皮膚で、陥凹部を形成します(Ellis et al., 2018)。
- 皮下組織:非常に薄く、直接筋膜と接しています(Standring, 2020)。
- 臍筋膜(umbilical fascia):臍輪部で腹直筋鞘前葉、横筋筋膜、腹膜が融合した構造です(Moore et al., 2022)。
- 腹膜:臍部の深層では腹膜が臍筋膜と癒着しています(Drake et al., 2020)。
- 血管支配:
- 動脈は浅腹壁動脈(superficial epigastric artery)、上腹壁動脈(superior epigastric artery)、下腹壁動脈(inferior epigastric artery)の吻合により栄養されます(Standring, 2020)。
- 静脈は浅腹壁静脈、胸腹壁静脈により還流されます(Moore et al., 2022)。
- 神経支配:
- 第10肋間神経(T10)の前皮枝により支配されます(Drake et al., 2020)。
臨床的意義
- 外科的アクセスポイント:
- 腹腔鏡手術(laparoscopic surgery)において、最も一般的なトロッカー挿入部位です(Townsend et al., 2022)。
- 臍部切開は瘢痕が目立ちにくく、美容的に優れているため、単孔式腹腔鏡手術(single-incision laparoscopic surgery, SILS)に利用されます(Rosen et al., 2017)。
- 開腹術の正中切開における解剖学的指標となります(Brunicardi et al., 2019)。
- 臍ヘルニア(umbilical hernia):
- 臍輪の閉鎖不全により腹腔内容が突出する病態です(Brunicardi et al., 2019)。
- 新生児期の臍ヘルニアは自然閉鎖することが多いですが、成人の臍ヘルニアは外科的修復が必要です(Coelho et al., 2018)。
- 肝硬変による腹水貯留、肥満、妊娠などが成人臍ヘルニアの危険因子です(Kulaylat and Dayton, 2020)。
- 臍の感染症と炎症:
- 新生児臍炎(omphalitis)は新生児期の重篤な感染症で、敗血症に進展する可能性があります(Roberts and Hedges, 2018)。
- 成人では臍部の不適切な衛生管理により真菌感染や細菌感染が生じることがあります(Kulaylat and Dayton, 2020)。
- 臍帯遺残構造の異常:
- 尿膜管遺残(patent urachus):尿膜管が開存し、膀胱と臍部が交通する先天異常です(Sadler, 2019)。
- 臍腸管遺残(patent omphalomesenteric duct):卵黄嚢と腸管をつなぐ臍腸管が開存し、臍から腸内容が排出されることがあります(Schoenwolf et al., 2021)。
- 肝円索内の静脈開存により、門脈圧亢進症患者でメドゥーサの頭(caput medusae)と呼ばれる臍周囲の静脈怒張が生じます(Moore et al., 2022)。
- 診断的意義:
- Cullen徴候(Cullen's sign):臍周囲の皮下出血で、急性膵炎や子宮外妊娠破裂などの腹腔内出血を示唆します(Roberts and Hedges, 2018)。
- Sister Mary Joseph結節(Sister Mary Joseph nodule):臍部の転移性腫瘤で、消化器癌や婦人科癌の腹膜播種を示唆します(Standring, 2020)。
- 腹部聴診において、臍部は大動脈や腎動脈の血管雑音を聴取する部位です(Moore et al., 2022)。
- 解剖学的変異:
- 臍の形状には個人差があり、陥凹型(innies)と突出型(outies)に分類されます(Ellis et al., 2018)。
- 臍帯遺残構造の走行や太さには個体差があり、腹腔鏡手術や血管内治療の際に注意が必要です(Lee and Kim, 2019)。
参考文献
書籍:
- Brunicardi, F.C., Andersen, D.K., Billiar, T.R., Dunn, D.L., Hunter, J.G., Matthews, J.B. and Pollock, R.E. (2019) Schwartz's Principles of Surgery, 11th edn. New York: McGraw-Hill Education. — 外科学の包括的教科書。臍ヘルニアの病態生理、診断、治療について詳述し、外科的修復技術の最新知見を提供している。