鼻唇溝 Sulcus nasolabialis

1. 定義と解剖学的特徴

鼻唇溝は、鼻翼の外側から口角に向かって弧を描くように走行する明瞭な溝で、解剖学的には鼻翼から口角へと続く顔面の陥凹部です(Rubin et al., 2019)。この溝は、上唇挙筋(musculus levator labii superioris)と大頬骨筋(musculus zygomaticus major)の間に形成され、皮下組織と表情筋の走行に影響されています。

2. 組織学的構造

組織学的には、皮膚の下に存在する表情筋群と皮下脂肪組織の配列によって形成されています(Rohrich and Pessa, 2007)。特に上唇挙筋、小頬骨筋(musculus zygomaticus minor)、口角挙筋(musculus levator anguli oris)などの表情筋の走行と付着部位が鼻唇溝の深さと形状を決定します。解剖学的研究によると、鼻唇溝の深さは皮下組織の構造と表情筋の付着様式に大きく依存しています(Beer et al., 2014)。

3. 臨床的意義

臨床的には、加齢による皮膚の弾力性低下と重力の影響で鼻唇溝は徐々に深くなり、顔の印象を大きく左右します(Coleman and Grover, 2006)。また、顔面神経麻痺の評価や顔面非対称の診断において重要な指標となります。美容医療の分野では、ヒアルロン酸注入やフィラー治療の主要なターゲット部位の一つとなっています(Carruthers et al., 2008)。

4. 解剖学的バリエーション

鼻唇溝の形態は個人差が大きく、民族的特徴や年齢、性別によって異なります(Pessa et al., 1998)。特に東アジア人と西欧人では鼻唇溝の形状や深さに差異が見られ、これは顔面骨格の違いや皮下脂肪分布の差異に起因すると考えられています(Lai et al., 2016)。

5. 発生学的考察

鼻唇溝は胎生期に形成され始め、顔面の発生過程において重要な指標となります。特に第一鰓弓と第二鰓弓の境界に相当し、顔面の発生過程を反映しています(Sperber, 2001)。顔面の先天異常の診断においても、鼻唇溝の形態は重要な手がかりとなります。

6. 参考文献