(1)奇静脈系の変異

奇静脈系は、奇静脈、半奇静脈、副半奇静脈から成り立っています。これらが一緒に考えられるのは、発生学的に右側の奇静脈と左側の半奇静脈、副半奇静脈が対になるからです。奇静脈系は、上大静脈や下大静脈と同様に、発生学的には脊柱の周囲に出現した静脈系から派生したと考えられます。しかし、この静脈系の扱いには異論があり、一致した見解は存在しません(矢野・佐藤、1980)。よく引用されるのは、この静脈系を主静脈や主下静脈と一続きの静脈と見なし、主上静脈とする意見です。これに対し、主静脈や主下静脈とは別の静脈系であると考えられることもあり、椎骨前静脈叢、外椎骨静脈叢、azygos line、medial sympathetic lineなどと呼ばれることもあります。

比較解剖学的には、ヒト(右奇静脈)とは対照的に、右側に半奇静脈と副半奇静脈が、左側に奇静脈が存在する動物として、ウシ、ヒツジ、ブタなどの偶蹄類が知られています(左奇静脈)。また、イヌでは脊柱のほぼ前側に縦走する単一の静脈が存在し、これを奇静脈と称しています(Wilkens and Munster, 1976)。そのため、本来奇静脈系は左右対称であることから、かつては奇静脈を右縦胸静脈、半奇静脈と副半奇静脈を合わせて左縦胸静脈と呼んだこともありました。

これらから、奇静脈系は脊柱の前面に立てかけられたはしごに例えられます。はしごの2本の柱のうち1本が奇静脈、もう1本が半奇静脈と副半奇静脈で、はしごの各段が両者間の交通枝です。柱は途切れることがあり、段は欠けることもあります。これらのことは、稀に見られる左右両側型の奇静脈系を参考にすれば容易に理解できます(図99)。このように考えると、奇静脈系の解剖学的な検索は、脊柱に対する位置、半奇静脈と副半奇静脈の中断、奇静脈への半奇静脈および副半奇静脈の連絡、交通枝の胸椎に対する高さなど、様々な項目となります(Adachi, 1940)。しかし、各項目については代表的な形や数値を求めることは可能でも、すべての項目を総合して奇静脈系の基本型を導くことは不可能です。つまり、奇静脈系は観察項目の細分化に伴い、変異性が多様化し、一貫性を失うことになります。実際、先人による奇静脈系の報告を見ると、このことがよく理解できます。ここでは複雑になることを避けるため、各項目ごとに説明します。

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図99 奇静脈のまれな例(池田ら,1963)

図99 奇静脈のまれな例

奇静脈と半奇静脈間には交通枝が欠如しており、左右両側の型を呈します。

(2)奇静脈系の型

これまで、奇静脈の欠如または顕著な未発達の例の報告はありませんでした。したがって、ここでは奇静脈の存在を前提に、半奇静脈および副半奇静脈の有無による分類を行いました。これまでの報告を総合すると、成人では195例(八田、1932; 紀、1939; 青木・一丸, 1943; 徳留, 1951; 池田ら, 1963; 北條, 1979; 村上ら, 1980)、胎児では50例(六反田, 1959 b)が分類可能でした。その結果、成人と胎児の両方で奇静脈、半奇静脈および副半奇静脈の3つが揃っている型が大多数を占めていましたが、他の型では成人と胎児の出現傾向が異なっていました(表74)。

表74 奇静脈系の型(%)

表74 奇静脈系の型(%)

六反田 (1959b)* 八田 (1932) 青木・一丸 (1943) 徳留 (1951) 村上ら (1980)
I型 40 (80.0%) 7 (35.0%) 25 (43.1%) 38 (74.5%) 12 (60.0%)
II型 2 (4.0%) 14 (24.1%) 7 (13.7%) 2 (10.0%)
III型 7 (3.5%) 6 (30.0%) 9 (15.6%) 5 (9.8%) 1 (5.0%)
IV型 1 (2.1%) 7 (35.0%) 10 (17.2%) 1 (2.0%) 5 (25.0%)
50 20 58 51 20

*:胎児、ほかは成人。 ここでは、奇静脈の存在を前提に、半奇静脈と副半奇静脈がそれぞれ存在する場合(+)、または存在しない場合(-)による分類を行いました。この分類基準に合致しない報告は除外されています。

I型:半奇静脈(+)、副半奇静脈(+)、II型:半奇静脈(+)、副半奇静脈(-)、III型:半奇静脈(-)、副半奇静脈(+)、IV型:半奇静脈(-)、副半奇静脈(-)です。