上肢の動脈の特徴の一つは、腕神経叢を斜めに貫く現象で、通常は第7頚神経と第8頚神経の間を貫きます。しかし、図49表24に示されているように、様々な形が存在します。理論的には、すべての分節間に出現する可能性がありますが、第5頚神経と第6頚神経の間や、第4頚神経と第5頚神経の間を貫く例は見られません。また、単一の神経束を貫く例もあり、特に第7頚神経や第8頚神経で比較的多く見られ、第1胸神経でも観察されます。所謂足立のC型(Adachi, 1928 a)では、一見腕神経叢を貫かないように見えますが、第1胸神経と第2胸神経の間を貫いていると考えられます。これらの中には、内側上腕皮神経の上や第2胸神経の肋間上腕神経の上で神経叢を貫く例があります。相澤ら(1996)も同様のデータを提供しています。

したがって、腋窩動脈が腕神経叢を貫く位置は多様であり、これは神経叢の周囲に動脈の輪が形成され、その中のどの部分が腕を灌流する本幹になるかによって決まると考えられます。しかし、神経分節の変化や節間動脈である鎖骨下動脈の変異を考慮に入れて考察する必要があります。

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図49 腋窩動脈が腕神経叢を貫く高さ

図049 腋窩動脈が腕神経叢を貫く高さ

C5-8: 頸神経の分節、Th1-2: 胸神経の分節、○: 腋窩動脈

第7頚神経と第8頚神経の間の例は省略されています。

表024 腋窩動脈の腕神経叢を貫く高さ

表24 腋窩動脈の腕神経叢を貫く高さ

腕神経叢を貫く高さ 例数(%)
第6頚神経と第7頚神経とのあいだ (A) 1(0.3)
第7頚神経と第7頚神経とのあいだ (B) 11 (3.6)
第7・8頚神経と第7・8頚神経とのあいだ (C) 1 (0.3)
第7頚神経と第8頚神経とのあいだ (D) 260 (84.7)
第8頚神経と第8頚神経とのあいだ (E) 12(3.9)
第8頚神経と第1胸神経とのあいだ (F) 3(1.0)
第1胸神経と第1胸神経とのあいだ (G) 4 (1.3)
内側上腕皮神経と尺骨神経とのあいだ (H) 9(2.9)
第1胸神経と第2胸神経とのあいだ(肋間上腕神経) (I) 6 (2.0)
307 (100.0)

(A)-(I)は図49の同じ記号に対応します。

浅肩甲下動脈系

腋窩動脈は通常、腕神経叢の浅層に位置し、正中神経の内外2根の間を通過して、神経叢の浅層と深層の間を走行します。しかし、神経叢に対する関係では、通常の経路以外にも2つの主な経路が存在します。一つは、腋窩動脈が腕神経叢を貫かずにその内側下縁を通過して深層に向かう経路です。Adachi (1928 a)はこの型をC型と呼んで区別しました。もう一つの経路は、腕神経叢の浅層を走るが、深層に向かわず上腕に達する腋窩動脈で、これは浅上腕動脈に続く経路です。したがって、腋窩動脈は腕神経叢との関係で3つの経路を選択し、どの経路が腕の主幹動脈になるかによって形状は大きく異なります。また、これら3つの経路は動脈の強弱に関わらず、一つの個体で共存することもあります。この結果から、3つの経路が対等に共存することが明らかとなります。だからこそ、これらの違いが腋窩動脈の変異全体の中でどのように関連し、位置づけられるのかを明らかにする必要があります。ただし、その頻度がどの程度の異常動脈であるとしても、問題が少しでも明確になったわけではありません。

変異の全貌を明らかにすることが課題です。この観点から、浅肩甲下動脈系について述べます。

通常の肩甲下動脈は、腋窩動脈が神経叢を貫いた後に分岐し、肩甲下筋枝、胸背動脈、肩甲回旋動脈を分枝する、明らかに腋窩の背側に分布する動脈です。一方、腋窩動脈が神経叢を貫く前で、しばしば外側胸動脈と共通の幹で分岐する、いわゆる肩甲下動脈も存在します。Adachi (1928 a)をはじめとするこれまでの研究者は、この動脈を分布域が同じであるということで特に区別していませんでした。その結果、肩甲下動脈は「破格の多い動脈」として、両者を同一の動脈の異なる型として扱ってきました。しかし、起始も経過も通常の肩甲下動脈とは大きく異なり、隣接枝との関連でも顕著な差があります。山田(1967)は神経叢より浅層で分岐する動脈を浅肩甲下動脈と仮称し、深い通常の肩甲下動脈(深肩甲下動脈)と区別しました。また、浅肩甲下動脈は一つの動脈路の中で一つの段階を示すことも明らかにされ、同じ系列の動脈が次々と変化して、最終的にはいわゆる足立のC型(Adachi,1928)と呼ばれる上肢の幹動脈もこの系列に究極的に位置づけられました。このように、上肢の動脈の形成機転を考える上で、重要な形態学的意義を持つ浅肩甲下動脈系について、私たちは同一系の中での変異の流れとして捉え、この系の全体像を明らかにしたいと考えています。

図51および表26には、浅肩甲下動脈系の動脈についてまとめてあります。1.浅肩甲下動脈系の痕跡的な枝として肩甲下筋枝が外側胸動脈から分岐する場合があり、これを浅肩甲下筋枝と呼びます。これは浅肩甲下動脈系の最も萌芽的な枝であると言えます。2.次の段階は、広背筋に分布する胸背動脈に相当する動脈がやはり浅層から出る場合で、この動脈を浅胸背動脈と呼びます。この例では、通常の肩甲下動脈からも胸背動脈が出て補強し、共存することがあります。3.さらに新たな枝として肩甲回旋動脈に相当する枝が加わり、浅肩甲下動脈が形成されます。いわゆる通常の肩甲下動脈がそっくり浅層系の動脈に乗った形と考えてもよいでしょう。浅肩甲下動脈が存在すると、神経叢を内側から束ねたように締め付けるため、腋窩の解剖がしにくい感じを受けます。この系列はここで終わるのではなく、4.さらに後上腕回旋動脈に相当する枝が加わり、より強力な浅肩甲下動脈が出現します。浅肩甲下動脈に後上腕回旋動脈が加わる例は47例(11.0%)であり、浅肩甲下動脈と合わせると110例(25.7%)で1/4以上の割合で存在します。この中には前上腕回旋動脈も加わる例も含まれています。5.最後はこの系列の最も強力なもの、すなわちこの流れから上肢の幹動脈が形成されたものが、いわゆる足立のC型腋窩動脈(Adachi,1928 a)です。