(図029(上下両顎の左側半における乳歯)図030(上顎の乳歯列における咀嚼縁と咀嚼面))

乳歯はWechselzähne(交換歯)あるいはtemporäre Zähne(一時的な歯)とも呼ばれ、その形態は極めて固定的で変化に乏しい。色はやや青みがかった白色で、磁器のように透けて見える。乳歯は第1大臼歯を除けば永久歯とよく似ているが、切歯と犬歯では根の横断面がほぼ真円で、切歯の切縁の尖りが欠けている。永久歯の小臼歯に相当する前駆者は乳歯にはない。(一般に、永久歯の小臼歯の前駆者が乳臼歯であり、永久歯の大臼歯の前駆者は乳歯にはないと考えられている。(小川鼎三))乳歯の上顎第2大臼歯の歯冠は、永久歯の第1大臼歯のそれと正確に一致しており、カラベリ結節さえ見られる。

乳歯の下顎第2大臼歯の歯冠は、永久歯の下顎第1大臼歯の5つの結節を持つ形態と正確に一致している。

さらに詳細に見ると、乳歯の中で特に特徴的なのは上顎第1大臼歯と下顎第1大臼歯である。上顎第1大臼歯の歯冠は長めの四辺形で、その咀嚼面は前後方向に走る1本の溝によって2つのやや細長い稜状の高まり、すなわち大きな頬側咬頭と比較的小さな口蓋側咬頭に分かれている。両者は前方および後方でそれぞれ1つの隆線によってつながっている。頬側咬頭は3つの副結節を持ち、その頬面(外面)の前部に半球状の突出部がある。これを臼歯結節Tuberculum molareといい、同様のものが下顎第1大臼歯の相当する箇所にも見られ、乳歯の第1大臼歯の特徴的な指標となっている。

乳歯の下顎第1大臼歯は非常に長い四辺形の歯冠を持っている。この歯も咀嚼面に前後方向の溝を持つが、咬頭の様子は大きく異なり、深い切れ込みで互いに隔てられた4個または5個の尖った小丘が見られる。頬面の前部には臼歯咬頭が隆起している。

乳歯の大臼歯の根は永久歯の大臼歯の根と類似しており、上顎のものは3つに分かれ、そのうち2つが頬側に、1つが口蓋側にある。下顎のものは2つに分かれ、前方と後方にそれぞれ1本ある。乳歯の大臼歯の根について特徴的で、実用上重要な点は、歯根相互の間に広い空間が囲まれていることである。この広い空間にその歯の後継となる代生歯Ersatzzahnの原基が存在する(図058(6歳児の両顎に残存する乳歯と永久歯:前方からの図)、059(6歳児の両顎に残存する乳歯と永久歯:側方からの図))。

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[図29] 上下両顎の左側半における乳歯

a:内側切歯、b:外側切歯、c:犬歯、d:第1大臼歯、e:第2大臼歯