錐体部(岩様部)Pars petrosa、すなわち錐体Pyramisは横たわる角錐として捉えられ、その底は乳頭物で形成され、縦軸は前内側に向いている。前面は錐体の大脳面Facies cerebralis (anterior interna) pyramidisである。側頭鱗との境界は錐体鱗裂Fissura petrosquamalisだが、これは若年者にのみ明確に観察される(RK224(**新生児の右側頭骨:**外側面)、225(**新生児の右側頭骨:**内側面) )。大脳面は前方へわずかに傾斜し、中頭蓋窩の一部を形成し、特徴的な構造を示す。錐体尖端付近の浅いくぼみは三叉神経圧痕Impressio trigeminiと呼ばれ、三叉神経根と半月神経節の位置を示す。大浅錐体神経溝Sulcus nervi petrosi superficialis majorisという細溝が三叉神経圧痕から外側へ伸び、顔面神経管裂溝Hiatus canalis nervi facialisという小孔に至る。この裂溝は錐体内部の顔面神経管に通じる。その外側方、または大浅錐体神経溝の終端部に、小さな小浅錐体神経小管の内口Apertura interna canaliculi n. petrosi superficialis minorisがあり、大錐体神経枝に平行する極細い小浅錐体神経溝Sulcus n. petrosi superficialis minorisがしばしばここに達する。さらに後外側方には、丸みを帯びた隆起である弓状隆起Eminentia arcuataがあり、聴覚器迷路の上半規管Canalis semicircularis superiorの位置を示す。この隆起と錐体鱗裂の間の領域は鼓室の屋根を形成する薄い骨板で占められ、これを鼓室蓋Tegmen tympaniという。後面は錐体の小脳面Facies cerebellaris (posterior interna) pyramidisと呼ばれ、上内側方へ向かい、後頭蓋窩の形成に寄与する。この面のほぼ中央に内耳孔Porus acusticus internusがあり、短く広い内耳道Meatus acusticus internusに通じる。この道の底は内耳道底Fundus meatus acustici interniと呼ばれ、ここに横稜Crista transversa(RK227(内耳道底) )という1本の横走する隆起の上側に、顔面神経管口Introitus canalis n. facialisが開口している。
内耳孔の外側、錐体稜の近くに弓状下裂孔Hiatus subarcuatusがある。新生児ではこの部分が弓状下窩Fossa subarcuataというくぼみになっている(RK224(**新生児の右側頭骨:**外側面)、225(**新生児の右側頭骨:**内側面) )。さらに下方、内耳道から外側へほぼ水平方向に8mm離れたところに、重要な裂隙状の前庭小管内口Apertura interna canaliculi vestibuliがあり、下外側方へ向かって開いている。
RK224(**新生児の右側頭骨:**外側面)、225(**新生児の右側頭骨:**内側面)
錐体部の下面(RK230(左側頭骨:下面観)、231(左側頭骨:前面観) )は錐体頭底面Facies basialis pyramidisと呼ばれ、茎状突起Processus styloidesとともに側頭骨の舌骨部Pars hyoideaを形成する。茎状突起は茎状突起鞘(半鞘)Vagina (Semivagina) processus styloidisで基部を取り巻かれている。その後ろには顔面神経管の外口があり、これを茎乳突孔Foramen stylomastoideumという。その内側には頚静脈窩Fossa jugularisがある。頚静脈窩は錐体の後縁に密接しているため、後縁に頚静脈切痕Incisura jugularisという切れ込みを形成している。
頚静脈窩の中には乳突小管溝Sulcus canaliculi mastoideusという溝が走っており、そこに乳突小管Canaliculus mastoideus(迷走神経耳介枝のための管)の入口がある。さらにその前方で少し内側に頚動脈管の外口Apertura externa canalis caroticiがあり、内頚動脈などを頭蓋腔に導く頚動脈管Canalis caroticusへの入口となっている。また頚動脈管の内口Apertura interna canalis caroticiは斜めに切り落とされた形で、錐体部の前稜の錐体尖の近くにある(RK230(左側頭骨:下面観)、231(左側頭骨:前面観) )。
頚静脈窩と頚動脈管の外口との間には、浅い錐体小窩Fossula petrosaがあり、これが鼓室小管Canaliculus tympanicusとなっている。その下方へ開く口は容易に認められ、鼓室小管の外口Apertura externa canaliculi tympaniciという。錐体小窩に隣接してその内側に、頚静脈窩の前に三角形のくぼみがあり、その底には蝸牛小管Canaliculus cochleaeが開口し、そこを蝸牛小管の外口Apertura externa canaliculi cochleaeという。
錐体の大脳面と小脳面が合するところは、錐体稜Crista pyramidisという鋭い稜線をなしている。この稜線の上には錐体稜溝Sulcus cristae pyramidisという溝が走っている(RK229(左側頭骨:内側面) )。この溝は上錐体静脈洞を容れるためのもので、外側へ進んで乳突部の大きなS状洞溝Sulcus sigmoideusに達する。小脳面の下縁をなす稜は、その下面にも溝をもっており、これを錐体溝Sulcus petrosusという。この稜には頚静脈切痕Incisura jugularisがあり、ここにはしばしば**[頚静脈]孔内突起Processus intrajugularisが見られる(RK215(側頭骨の後面および隣接する後頭骨の部分) )。錐体の尖端すなわち錐体尖Apex pyramidisには頚動脈管の内口があり、この間の外側壁には筋管総管Canalis musculotubalisの開口がある。この筋管総管の中を覗いてみると(RK230(左側頭骨:下面観)、231(左側頭骨:前面観) )、筋管総管中隔Septum canalis musculotubalisというかなり幅のある骨の小板が水平に伸びてこの管を2つに分けている。上方は鼓膜張筋を容れるための鼓膜張筋半管Semicanalis musculi tensoris tympaniで、下方は耳管骨部の通る耳管半管Semicanalis tubae pharyngotympanicaeである。前稜には錐体鱗裂Fissura petrosquamalisと錐体鼓室裂**Fissura petrotympanicaがある(RK228(左の側頭骨:外方からみる) )。
外側面すなわち錐体の鼓室面Facies tympanica pyramidisは鼓室の内側壁を形成する。これについては聴覚器の項で述べることにする。
頚静脈窩の深さは非常にまちまちである。これはそのがわの横溝およびS状洞溝の形成程度に左右される。(横溝とS状洞溝はふつう右の方が大きいが、左の方が大きいこともある。)全く浅い頚静脈窩があるかと思えば、極度に深くなって、その壁が中耳の中に丸くふくれて突出していることもある。
乳突小管Canaliculus mastoideusの存否および位置の変位が数多く見られる理由は、新生児ではまだ迷走神経の耳介枝が骨の外にあって、後になって初めて骨質に取り囲まれるという事実から説明される(Frohse)。側頭骨の錐体尖から鞍背の外側稜へ蝶形錐体靱帯Lig. sphenopetrosumが張っている。これについてはVoit(Anat. Anz., 52. Bd.)およびWegner(Anat. Anz., 53. Bd.)がかなり詳しく記載している。
乳突部Pars mastoideaの外面は多くの筋が付着するため、その大部分が粗面をなしており、外耳孔の後ろで下方へ伸びだして乳様突起Processus mastoideusと呼ばれる乳頭状の突起をなしている(RK228(左の側頭骨:外方からみる) )。後頭骨と結合する縁は後頭縁Margo occipitalisという。
乳様突起は内側面では乳突切痕Incisura mastoideaによって深く切れ込んでおり、その中から顎二腹筋の後腹が起こる。その内側には後頭動脈溝Sulcus arteriae occipitalisがある。乳突部の内面には深いS状洞溝Sulcus sigmoideusが見られ、これは乳突部が錐体部と合する角の中を走って、脳硬膜のS状静脈洞を容れる溝の一部をなしている。大きさと数の一定しない導出静脈が、通常乳突部の後縁の近くで骨を貫いてS状洞溝に開口する。これを乳突孔Foramen mastoideumという。乳突孔は時に咬頭乳突縫合に開口している。乳突部の上縁と鱗部の上縁とは、頭頂切痕Incisura parietalisという切れ込みによって分かれている(RK228(左の側頭骨:外方からみる)、RK229(左側頭骨:内側面) )。
乳突部には乳突洞Antrum mastoideumという鼓室につながる空洞があり、その周囲に小さな腔洞が扇状に広がって乳突蜂巣Cellulae mastoideaeを形成している。乳突蜂巣は構造的に篩骨洞と類似している(RK232(左中耳の内側壁および隣接する上壁・下壁・後壁)、RK233(顔面神経管の経路) )。乳突蜂巣の発達度合いには顕著な個人差がある(Silbiger, H., Acta anat.11. Bd.,1950)。