毛 Pili

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J0637 (上唇の断面図)

1. 基本構造と配列

毛は、表皮が真皮内に陥入した形で生じた毛包(hair follicle)から伸び出している上皮性の付属器官です。解剖学的には、毛包は皮膚表面に対して常に斜めの方向(約15〜30度)をとっており、この角度は部位によって異なります(Moore et al., 2018)。この斜めの配置は皮膚の伸張方向と関連しており、皮膚の緊張線(Langer's lines)に沿って配列する傾向があります(Standring, 2021)。毛包下端の膨隆部である毛球(hair bulb)は真皮の奥深く、時に皮下組織にまで達しています。毛包は表皮性の内根鞘(inner root sheath)と外根鞘(outer root sheath)、および真皮性の結合組織鞘(connective tissue sheath)から構成され、毛幹(hair shaft)は毛小皮(cuticle)、毛皮質(cortex)、毛髄質(medulla)の3層構造を持ちます(Kanitakis, 2020)。

2. 毛乳頭の構造と機能

毛球下面には陥凹部があり、そこに血管に富む結合組織が入り込み、毛乳頭(hair papilla)を形成します。この毛乳頭は毛の栄養供給に重要な役割を果たし、毛周期の調節にも関与しています(Paus and Cotsarelis, 1999)。組織学的には、毛乳頭はI型・III型コラーゲン、フィブロネクチン、プロテオグリカンなどの細胞外マトリックス成分を含み(Driskell et al., 2011)、毛母細胞の増殖と分化を制御するWnt/β-cateninシグナル(Ito et al., 2007)、Sonic hedgehogシグナル(St-Jacques et al., 1998)などの分子経路が活性化しています。毛乳頭の血管は毛の成長に必要な酸素や栄養素を供給し、また insulin-like growth factor-1 (IGF-1)(Philpott et al., 1994)、vascular endothelial growth factor (VEGF)(Yano et al., 2001)、fibroblast growth factor-7 (FGF-7)(Guo et al., 1996)などの成長因子も分泌しています。毛乳頭細胞は間葉系幹細胞の特性を持ち、毛包の再生能力を維持しています(Jahoda et al., 2003)。

3. 立毛筋の解剖学と生理学

毛包の深部から真皮浅層に向かって走行する平滑筋が立毛筋(arrector pili muscle)です。解剖学的には、この筋肉は毛包の膨隆部(bulge region)外側面から起始し、表皮直下の乳頭層に停止します(Standring, 2021)。神経支配としては、交感神経のノルアドレナリン作動性ニューロンからのα1アドレナリン受容体を介した支配を受けており(Uno, 1977)、寒冷刺激や恐怖などの情動時に収縮し、「鳥肌(cutis anserina)」と呼ばれる現象を引き起こします。立毛筋の収縮は毛を直立させるだけでなく、皮脂腺から皮脂を絞り出す作用も持ちます(Torkamani et al., 2014)。臨床的には、この立毛筋の機能不全は自律神経障害の一症状として現れることがあり、特に糖尿病性神経障害(Vinik et al., 2003)、アミロイドーシス(Adams et al., 2019)、パーキンソン病などの神経変性疾患で観察されます(Jain and Goldstein, 2012)。また、立毛筋の正常機能は皮膚のサーモグラフィー検査(Nishiyama and Hirasawa, 2019)やアセチルコリン局所注射による発汗試験(Minor test)(Low et al., 2006)などで評価することができます。

4. 毛周期と臨床的意義

毛は成長期(anagen)、退行期(catagen)、休止期(telogen)からなる毛周期によって絶えず更新されており、これは頭皮の場合2〜6年の周期で繰り返されます(Messenger and Rundegren, 2004)。成長期には毛母細胞が活発に分裂し、毛幹が形成されます。この時期、毛母細胞の細胞周期は24〜72時間と体内で最も速い細胞分裂速度を示します(Stenn and Paus, 2001)。退行期には毛包の最下部が退縮し、毛乳頭との接触が失われます。この過程にはアポトーシスが関与しています(Lindner et al., 1997)。休止期には毛は成長を停止し、新しい毛が形成され始めると古い毛は抜け落ちます(脱毛期・exogen)(Milner et al., 2002)。この周期は部位によって異なり、頭髪では平均3年、眉毛では約4ヶ月です(Randall and Ebling, 1991)。臨床的には、男性型脱毛症(androgenetic alopecia)では、ジヒドロテストステロン(DHT)が毛包に作用して成長期を短縮させ、休止期の毛が増加し、毛包の小型化(miniaturization)が生じます(Kaufman, 2002)。円形脱毛症(alopecia areata)では、毛包周囲にCD8陽性Tリンパ球やNK細胞が浸潤し、自己免疫性の炎症が生じています(Gilhar et al., 2012)。また、化学療法薬や放射線治療は活発に分裂している毛母細胞を障害し、脱毛(anagen effluvium)を引き起こします(Trüeb, 2009)。甲状腺機能低下症(Gatherwright et al., 2012)や鉄欠乏性貧血(Trost et al., 2006)、低タンパク血症などの全身疾患も、毛周期に影響を与え休止期脱毛(telogen effluvium)を引き起こすことがあります(Harrison and Sinclair, 2002)。

参考文献