鼓室階 Scala tympani
鼓室階は、内耳の蝸牛に存在する3つのラセン状の管腔構造のうちの1つです。解剖学的に精密な構造を持ち、聴覚機能において重要な役割を担っています(Standring et al., 2016)。
解剖学的特徴
- 位置:蝸牛のラセン管内で最も腹側(底側)に位置し、基底板(ラセン板)および前庭膜の下方に位置しています。蝸牛軸(modiolus)の周囲を2.5回転しながら上行します(Gulya et al., 2020)。
- 境界:上方は基底膜(lamina basilaris)により前庭階と分離され、内側は蝸牛軸、外側は骨性らせん板により囲まれています(Drake et al., 2020)。
- 連絡路:基底部で蝸牛窓(正円窓)を介して中耳腔と連絡しており、頂部では蝸牛小孔(helicotrema)を介して前庭階と交通しています(Sataloff and Hawkshaw, 2014)。
- 内容物:外リンパ液(perilymph)で満たされており、この液体は脳脊髄液と類似した組成(高Na⁺、低K⁺濃度)を持ちます(Salt and Plontke, 2018)。
- 微細構造:内面は単層扁平上皮で覆われており、外リンパ液の産生と吸収に関与しています(Dallos et al., 2012)。
機能的意義
- 音の振動伝達:音波が鼓膜から耳小骨を経て蝸牛窓に達すると、鼓室階の外リンパ液を介して振動が伝わり、基底膜を振動させます(Pickles, 2012)。
- 圧力緩衝:前庭階に生じた圧力変化を緩衝する役割を担い、蝸牛窓を通じて中耳腔へと圧を逃がします(Curthoys et al., 2019)。
- 聴覚機能:前庭階、蝸牛管(中央階)とともに音の周波数分析に不可欠な流体力学的システムを形成しています(Fettiplace, 2017)。
臨床的意義
- 内耳障害:メニエール病や突発性難聴などでは、鼓室階を含む内耳の水力学的バランスが崩れることがあります(Nakashima et al., 2016)。
- 人工内耳:高度難聴患者への人工内耳手術では、電極アレイを鼓室階内に挿入し、蝸牛神経を直接電気刺激します(O'Connell et al., 2017)。
- 外リンパ瘻:頭部外傷や気圧変化により蝸牛窓が破損すると、外リンパ液が漏出し、めまいや難聴の原因となります(Hornibrook, 2018)。
鼓室階は聴覚の生理学的過程において中心的役割を果たし、音響振動を蝸牛管内のコルチ器官へと効率的に伝達することで、最終的に聴覚情報を脳へと伝える基盤となっています(Raphael and Altschuler, 2003)。
参考文献
- Curthoys, I.S., MacDougall, H.G., McGarvie, L.A., et al., 2019. The basis for using bone-conducted vibration or air-conducted sound to test otolithic function. Annals of the New York Academy of Sciences, 1433(1), pp.115-125. — 前庭機能検査における鼓室階の役割について詳細に述べられている。
- Dallos, P., Zheng, J. and Cheatham, M.A., 2012. Prestin and the cochlear amplifier. The Journal of Physiology, 576(1), pp.37-42. — 外有毛細胞の機能と鼓室階の関係について解説している。