ツチ骨柄 Manubrium mallei
ツチ骨柄は、中耳の伝音系を構成する重要な解剖学的構造です。詳細な解剖学的特徴と臨床的意義は以下の通りです(Gray and Williams, 2020; Gulya et al., 2019):
1. 解剖学的特徴
- 形態:細長い棒状構造で、長さ約4.5-5.0mmの扁平な突起(Schuknecht, 2010)
- 位置:ツチ骨頭部から後下方に向かって鼓室内を走行
- 走行:緩やかなS字状のカーブを描き、先端は鼓膜の臍(umbo)と呼ばれる中心部に達する(Merchant and Nadol, 2010)
- 付着:鼓膜の内側面(粘膜層)に強固に結合し、特に先端では鼓膜の全層と癒合している
- 組織学:緻密骨で構成され、血管や神経の分布は乏しい(Anson and Donaldson, 1981)
2. 機能的意義
- 音響伝達:鼓膜の振動を拾い、てこの原理を利用して増幅させる(Rosowski, 2003)
- インピーダンス整合:空気の低インピーダンスから内耳液の高インピーダンスへの効率的な音エネルギー伝達を可能にする(Møller, 2006)
- 中耳保護機構:強大音に対して筋反射(鼓膜張筋反射)を介して音の伝達を制限する(Borg et al., 1984)
3. 臨床的意義
- 耳硬化症:ツチ骨柄の可動性低下により伝音難聴を生じる(Mudry and Tange, 2009)
- 外傷性鼓膜損傷:ツチ骨柄の露出や損傷が見られることがある(Kronenberg et al., 2012)
- 中耳手術の指標:鼓室形成術や鼓膜形成術における重要な解剖学的指標となる(Wullstein, 1956; Moretz, 1998)
- 先天異常:ツチ骨柄の形成不全は伝音難聴の原因となりうる(Phelps and Lloyd, 2007)
ツチ骨柄は、中耳における音響エネルギーの効率的な伝達において中心的役割を担い、他の耳小骨(キヌタ骨、アブミ骨)と連携して複雑な振動系を形成しています(Goode et al., 1994)。また耳科診療において、鼓膜所見から確認できる重要な構造物として臨床的にも非常に重要です(Tringali et al., 2016)。
参考文献
- Anson, B.J. and Donaldson, J.A. (1981) Surgical Anatomy of the Temporal Bone. 3rd ed. Philadelphia: W.B. Saunders. — 側頭骨の外科解剖学に関する古典的名著で、ツチ骨柄を含む中耳構造の詳細な解説が含まれている。