キヌタ骨体 Corpus incudis
キヌタ骨体は、中耳に位置する3つの耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)の中で、キヌタ骨の主要構成部分です。解剖学的および機能的に重要な構造を持っています (Schuknecht and Gulya, 2010)。
1. 解剖学的特徴
- 形態:やや扁平な立方体状の構造で、約2-3mm大の大きさを持ちます (Gulya et al., 2020)
- 位置:上鼓室(epitympanum)内に位置し、ツチ骨頭の後方に存在します (Anson and Donaldson, 1981)
- 関節面:前側に凹状の関節窩(小関節窩)があり、ツチ骨頭との鞍状関節(耳小骨関節)を形成します (Williams and Warwick, 2014)
- 突起:体部から2つの突起(長脚と短脚)が延びています (Proctor, 1989)
- 短脚(crus breve):後方に向かい、キヌタ骨窩に靭帯で固定されています
- 長脚(crus longum):下方に延び、先端の豆状突起(lenticular process)でアブミ骨頭と関節します
- 組織学:緻密骨で構成され、内部に少量の海綿骨を含みます (Merchant and Nadol, 2010)
2. 臨床的意義
- 音伝導:ツチ骨から受け取った振動を長脚を通じてアブミ骨に伝達し、音の機械的増幅に寄与します (Dallos, 2012)
- 耳硬化症:キヌタ骨体とツチ骨頭の関節が固着すると、伝音難聴の原因となります (Schuknecht, 1993)
- 中耳炎:炎症により耳小骨連鎖が障害されると、キヌタ骨の長脚が最も侵食されやすい部位となります (Merchant and Rosowski, 2010)
- 耳小骨再建術:伝音難聴の治療において、キヌタ骨体は人工耳小骨のテンプレートとして使用されることがあります (Goode and Nishihara, 1994)
3. 発生と機能
発生学的には、第2鰓弓から由来し、胎生期に軟骨として形成された後に骨化します (O'Rahilly and Müller, 2006)。キヌタ骨体は、中耳内の音響エネルギー変換システムにおいて、インピーダンス整合の重要な要素として機能しています (Pickles, 2012)。
4. 参考文献
- Anson, B.J. and Donaldson, J.A. (1981) 'Surgical anatomy of the temporal bone', 3rd ed. Philadelphia: WB Saunders. — 側頭骨の外科解剖学に関する包括的な参考書で、耳小骨の詳細な解剖学的記述を提供している。
- Dallos, P. (2012) 'The Auditory Periphery: Biophysics and Physiology', New York: Academic Press. — 聴覚末梢系の生物物理学と生理学に焦点を当てた専門書で、耳小骨の機能メカニズムについて詳述している。
- Goode, R.L. and Nishihara, S. (1994) 'Experimental models of ossiculoplasty', Otolaryngologic Clinics of North America, 27(4), pp. 663-675. — 耳小骨形成術の実験モデルを検討した論文で、キヌタ骨を用いた再建技術について解説している。
- Gulya, A.J., Minor, L.B. and Poe, D. (2020) 'Glasscock-Shambaugh Surgery of the Ear', 7th ed. Philadelphia: Elsevier. — 耳科手術の標準的教科書で、キヌタ骨に関連する手術手技と解剖学的考慮事項について詳細に説明している。