乳突洞 Antrum mastoideum
乳突洞は側頭骨内に存在する含気腔で、中耳腔と乳突蜂巣を連絡する重要な解剖学的構造です。その解剖学的特徴と臨床的意義について以下に詳述します (Standring et al., 2021)。

J0030 (右の側頭骨:切断、外側部を削り取って鼓室とその周囲を示す図)

J0031 (7-8歳の右側頭骨:外側から少し下方から図)

J0916 (右顔面神経および鼓室神経叢:前方からの図)

J1033 (右の鼓膜とツチ骨柄、内側から後上方の図)

J1035 (右の鼓膜、ツチ骨とキヌタ骨:内側から後上方からの図)

J1042 (右の鼓室の内側壁:外側からの図)
1. 解剖学的特徴
1.1 位置と大きさ
- 側頭骨錐体部(錐体乳突部)の乳突部内に位置する最大の含気腔で、容積は約1cm³である (Gray and Carter, 2020)。
- 乳突部の上方かつ内側に位置し、乳突洞三角(Macewen's triangle; suprameatal triangle)の深部に対応する (Gleeson et al., 2018)。
- この三角は、外耳道後上壁、側頭線、および外耳道後縁の接線によって形成され、乳突削開術の重要な目印となる (Proctor, 2019)。
1.2 連絡と境界
- 前方:上鼓室後部(epitympanic recess posterior part)と洞口(aditus ad antrum)を介して連絡している (Gray and Carter, 2020)。
- 洞口は、上鼓室と乳突洞を連絡する狭い通路(約4-5mm)で、鼓室蓋(tegmen tympani)の下方に位置する (Standring et al., 2021)。
- 後方・下方:乳突蜂巣(mastoid air cells)と広範に連続している (Proctor, 2019)。
- 乳突蜂巣の発達は個人差が大きく、高度に気胞化した含気型(pneumatic type)から、ほとんど気胞化していない硬化型(sclerotic type)まで様々である (Gleeson et al., 2018)。
1.3 壁の構造と重要な隣接構造
- 上壁(天蓋):中頭蓋窩底の硬膜に接し、鼓室蓋の後方延長部である (Standring et al., 2021)。この部位は骨が薄く、中耳炎の頭蓋内合併症(硬膜外膿瘍、髄膜炎)の経路となりうる (Seiden and Shah, 2023)。
- 内側壁:外側半規管(lateral semicircular canal)の外側に接している (Proctor, 2019)。この解剖学的関係は乳突削開術における重要な指標であり、外側半規管を損傷すると重度のめまいや聴覚障害を引き起こす (Gleeson et al., 2018)。
- 外側壁:顔面神経管の後方部と乳突皮質骨(mastoid cortex)によって囲まれている。乳突皮質骨の厚さは通常1.5-2cmである (Gray and Carter, 2020)。
- 後壁:後頭蓋窩の硬膜(S状静脈洞周囲)に近接している (Standring et al., 2021)。この部位の感染は静脈洞血栓症のリスクとなる (Seiden and Shah, 2023)。
- 前下壁:顔面神経管の乳突部が走行している。顔面神経は鼓室内で第二膝部(genu)を形成した後、垂直部として下降し、茎乳突孔(stylomastoid foramen)から側頭骨外へ出る (Moore et al., 2022)。
1.4 神経・血管構造