鼓室上陥凹 Recessus epitympanicus
鼓室上陥凹(上鼓室)は、中耳腔の上方に位置する重要な解剖学的構造です。その解剖学的特徴と臨床的意義について、現代の解剖学的知見に基づいて解説します(Mansour et al., 2019; Laulajainen-Hongisto et al., 2021):
解剖学的特徴
- 位置:鼓膜の上縁(pars flaccida)より上方に位置し、側頭骨岩様部に形成された空間です(Marchioni et al., 2020)
- 形態:上外側へ向かって陥凹しており、容積約1-2mlの空間を形成しています(Gulya et al., 2018)
- 構造:内部にはツチ骨頭とキヌタ骨体が収納されています(Singh and Chan, 2021)
- 連絡路:後方は乳突洞(mastoid antrum)を介して乳様突起の含気蜂巣と連絡しています(Pauna et al., 2017)
- 境界:下方は鼓室峡部(isthmus tympani)によって中鼓室と区切られています(Marchioni et al., 2018)
鼓室上陥凹の粘膜は中耳腔の他の部位と同様に単層扁平〜立方上皮で覆われており、その下には薄い結合組織層が存在します(Tos, 2012)。この領域の血管支配は主に顎動脈の分枝である鼓室前動脈と後頭動脈の分枝である鼓室後動脈によって行われています(Ho et al., 2022)。
臨床的意義
- 真珠腫形成:鼓室上陥凹は中耳真珠腫(特に弛緩部型真珠腫)の好発部位です(Rosito et al., 2016)
- 炎症波及:中耳炎の際、この領域に炎症が波及すると難治性となりやすく、乳様突起蜂巣への炎症拡大の経路となります(Gurgel et al., 2019)
- 耳小骨病変:ツチ骨頭とキヌタ骨体を収容しているため、これらの耳小骨の病変(固着や離断など)が生じると伝音難聴の原因となります(Quesnel et al., 2019)
- 手術アプローチ:経乳突洞アプローチや上鼓室開放術など、中耳手術において重要なランドマークとなります(Marchioni et al., 2017)
この構造の詳細な理解は、中耳疾患(特に慢性中耳炎や真珠腫性中耳炎)の診断・治療において極めて重要であり、耳科手術における安全なアプローチのために不可欠な解剖学的知識です(Thomassin et al., 2021)。
参考文献
書籍
- Gulya, A.J., Minor, L.B. and Poe, D.S., 2018. Glasscock-Shambaugh's Surgery of the Ear. 7th ed. Elsevier. — 中耳手術の標準的教科書であり、鼓室上陥凹の外科的アプローチについて詳細に解説している。
- Mansour, S., Magnan, J., Haidar, H. and Louryan, S., 2019. Comprehensive and Clinical Anatomy of the Middle Ear. Springer. — 中耳の臨床解剖学に関する包括的な解説書で、鼓室上陥凹の解剖学的変異についても記載されている。
- Singh, A. and Chan, D.K., 2021. Embryology and development of the ear. StatPearls [Internet]. — 耳の発生学と発達について詳述した電子リソースで、鼓室上陥凹の発生過程についても言及している。