涙器 Apparatus lacrimalis
涙器は、眼球の保護と視力の維持に不可欠な解剖学的系統です。涙器は以下の構成要素から成り立っています(Gray and Lewis, 2020):
解剖学的構造
- 涙腺(Lacrimal gland):上眼瞼外側部に位置し、主涙腺と副涙腺(Krause腺、Wolfring腺)に分けられます。涙腺は漿液性の腺で、水分やタンパク質、電解質を含む涙液を分泌します(Snell and Lemp, 2013)。
- 涙湖(Lacus lacrimalis):内眼角の結膜嚢に形成される小さな涙液の貯留部で、涙点の近くに位置しています。
- 涙点・涙小管(Lacrimal punctum and canaliculi):上下眼瞼の内側縁に開口する小さな孔(涙点)と、そこから涙嚢へ続く細い管(涙小管)からなります。涙小管の直径は約0.5〜1mmで、長さは約8〜10mmです(Remington, 2012)。
- 涙嚢(Lacrimal sac):眼窩内側壁の涙骨窩に位置する嚢状の構造で、上部は盲端、下部は鼻涙管へと続きます。長さは約12〜15mm、幅は約4〜8mmです。
- 鼻涙管(Nasolacrimal duct):涙嚢の下部から始まり、下鼻道へと開口する管です。長さは約12〜18mmで、鼻腔側の開口部には粘膜のヒダ(Hasner弁)があり、逆流を防いでいます(Paulsen and Waschke, 2018)。
涙器の組織学的特徴として、涙腺は腺房と導管系からなる複合管状胞状腺で、涙の通路系(涙小管、涙嚢、鼻涙管)は重層扁平上皮または多列線毛上皮に覆われています(Oyster, 1999)。
生理学的機能
涙器の主な機能は涙(なみだ)の産生と排出です。涙液は角膜や結膜の湿潤、栄養供給、抗菌作用を担っています(Holly and Lemp, 1977)。涙液は以下の3層構造からなります:
- 脂質層(最外層):マイボーム腺から分泌され、涙液の蒸発を防ぎます。
- 水性層(中間層):涙腺から分泌される主成分で、電解質やタンパク質(リゾチーム、ラクトフェリンなど)を含みます(Tiffany, 2003)。
- ムチン層(最内層):杯細胞から分泌され、角膜上皮への涙液の付着を助けます。
涙の分泌が停止すると角膜上皮が急速に乾燥して白濁し、視力を失う可能性があります(Pflugfelder et al., 2004)。また、涙は瞬目(まばたき)により眼表面に広がり、内眼角の涙湖に集まり、涙点から涙小管、涙嚢を経て鼻涙管から鼻腔へと排出されます。この排出機構には、瞬目に伴う眼輪筋の収縮によるポンプ作用が重要な役割を果たしています(Jones, 1966)。
臨床的意義
涙器は様々な病態に関与します。代表的なものとして(Kanski and Bowling, 2015):
- ドライアイ:涙液の量的・質的異常により生じる眼表面の慢性疾患です。
- 流涙症:過剰な涙の分泌または涙の排出障害により、涙があふれる状態です。
- 涙嚢炎:涙嚢の炎症で、急性と慢性があり、多くは鼻涙管閉塞に続発します。