網膜視部 Pars optica retinae
網膜視部は、網膜の中で視覚に直接関与する部分を指し、解剖学的・機能的に重要な視覚情報処理の場です(Kolb et al., 2023)。以下にその詳細な解剖学的特徴と臨床的意義をまとめます:
解剖学的特徴
- 視細胞である桿体(かんたい)と錐体(すいたい)が存在し、光を電気信号に変換します。桿体は約1.2億個あり、主に暗所視に関与し、錐体は約600万個で色覚と明所視を担当します(Curcio et al., 1990)
- 網膜視部は内側から外側へ向かって10層の明確な層構造を形成しています(Remington, 2021):
- 内境界膜 (Internal limiting membrane)
- 神経線維層 (Nerve fiber layer)
- 神経節細胞層 (Ganglion cell layer)
- 内網状層 (Inner plexiform layer)
- 内顆粒層 (Inner nuclear layer)
- 外網状層 (Outer plexiform layer)
- 外顆粒層 (Outer nuclear layer)
- 外境界膜 (External limiting membrane)
- 視細胞層 (Photoreceptor layer)
- 網膜色素上皮 (Retinal pigment epithelium)
- 網膜視部の厚さは部位により異なり、中心窩では約0.25mm、黄斑部で約0.4mm、鋸状縁(きょじょうえん)付近では約0.1mmと薄くなります(Hoon et al., 2014)
- 網膜視部は網膜の3つの主要部分(網膜視部、網膜毛様体部、網膜虹彩部)の中で最も広い領域を占めています(Kaufman & Alm, 2020)
- 網膜視部と網膜毛様体部の境界である鋸状縁(ora serrata)は、不規則な鋸歯状の形態を呈し、解剖学的な重要なランドマークです(Remington, 2021)
臨床的意義
- 加齢黄斑変性症(AMD):網膜視部の中心部である黄斑部に影響を与え、中心視力の低下をもたらす加齢関連疾患です(Wong et al., 2014)
- 網膜剥離:網膜視部が脈絡膜から剥がれることで急性視力低下や視野欠損を引き起こす緊急疾患です(Kaufman & Alm, 2020)
- 糖尿病網膜症:長期の高血糖により網膜視部の微小血管が障害され、進行性の視力障害を引き起こします(Yau et al., 2012)
- 網膜色素変性症:桿体と錐体の進行性変性により、夜盲や視野狭窄を特徴とする遺伝性疾患です(Remington, 2021)
- 網膜中心動脈閉塞症:網膜視部への血流が遮断され、突然の無痛性視力喪失を引き起こす眼科救急疾患です(Kaufman & Alm, 2020)
機能解剖学
- 網膜視部は「倒立した網膜」と呼ばれる特殊な構造を持ち、光が視細胞に到達する前に他の層を通過する必要があります(Kolb et al., 2023)
- 黄斑部(macula)は網膜視部の中心にあり、特に中心窩(fovea centralis)は錐体細胞が密集し、最も鋭い視力を提供します(Curcio et al., 1990)
- 視神経乳頭(視神経円板)は網膜視部内にあり、視細胞を持たないため生理的盲点となっています(Remington, 2021)
- 網膜視部の血液供給は二重構造になっており、内層は中心網膜動脈から、外層は脈絡膜血管から栄養を受けています(Kaufman & Alm, 2020)
- 網膜は概日リズムの調節にも関与しており、光情報を視交叉上核へ伝達することで体内時計の同調に寄与しています(Bringmann et al., 2018)