下下腹神経叢;骨盤神経叢

下腹神経叢は、骨盤内臓に分布する左右の自律神経叢で、下腹神経と骨盤内臓神経から構成されています。対象となる臓器には、横行結腸の終部、直腸、膀胱、男女の内生殖器、そして陰茎と陰核の海綿体が含まれます。これは骨盤神経叢(pelvic plexus)とも呼ばれます。

日本人のからだ(秋田恵一 2000)によると

骨盤神経叢(別名:下下腹神経叢)は、上下腹神経叢から下行する下腹神経、交感神経の仙骨神経部から出る仙骨内臓神経、陰部神経叢から起始する副交感神経の骨盤内臓神経によって構成されます(図116)。骨盤神経叢は直腸の外側から前内側にかけて存在し、四角形の網状の平板を形成しています。本神経叢の大きさについては、前後径40-45mm、上下径20-30mm(佐藤健次・佐藤達夫、1981)、または平均3.5cm×2.2cm(山本、1995)であるという報告があります。山本(1995)は、骨盤神経叢の位置についての調査を報告しています。この神経叢は内腸骨動脈と直腸の間に立てかけて存在し、中直腸動・静脈のような内腸骨動・静脈のいくつかの内臓枝はこの神経叢を貫通します(Sato and Sato, 1991) .骨盤神経叢の左右の交通については、Taguchi et al. (1999)に詳細な報告があります。

骨盤神経叢の臓側枝の分布については、佐藤健次・佐藤達夫(1981, 1989)、佐藤健次(1993,1994)に詳しいです。

直腸枝:骨盤神経叢から一様に分散せず、腹膜翻転部の下方で直腸に入る上直腸枝と、肛門挙筋付着部付近に進入する下直腸枝に区別される(佐藤,1980)。上直腸枝は上直腸動脈に沿って逆行性に上行し、下行結腸以下の大腸に分布し、下直腸枝は直腸壁内を下行して内肛門括約筋に達したり、連合縦走筋に沿って括約筋開溝を通り、肛門管の上皮下に分布する。

膀胱枝(膀胱神経叢):骨盤神経叢の前縁から多数の小枝として発生する。膀胱頚部に進入する最も低い枝は頚部の括約筋(内尿道括約筋)を支配していると考えられる。

前立腺枝(前立腺神経叢):骨盤神経叢の下方から4-5本の枝をもって発生し、上枝は前立腺底に、後枝は後面に、中間枝は外側面にそれぞれ分布している。中開枝と後枝は前立腺尖に達したのち、陰茎海綿体神経として陰茎に達する。塙(1994)によると、陰茎海綿体神経は、尿生殖隔膜を尿道の側面からやや直腸側を貫通し、陰茎海綿体に至るという。

子宮枝(子宮神経叢):骨盤神経叢の膀胱枝と直腸枝の間に多数の小枝として発生し、神経叢からの起始位置が高いほど高位に、最も低い枝は子宮頚部ならびに腔上部に達している。

精巣・精巣上体枝(精巣神経):精巣神経は、骨盤神経叢だけの枝ではないが、射精機能に重要であるのでここに提出する。本神経は、起始高と深鼠径輪に至る経過から、上中下の3群に分類される。上群は精巣に、中群と下群は精管ならびに精巣上体尾部に分布し、精子の精管内移送に関係する。特に下群は下腹神経ならびに骨盤神経叢の上方から発生し、精嚢と精管動脈に沿って精巣に達する。男性の射精機能は交感神経の作用であり、下腹神経、骨盤神経叢ならびに下精巣神経の損傷は射精障害が必発である。

骨盤内臓神経の起始については佐藤(1980)は、S3-4(64.7%)、S2-4(29.4%)、S4(5.9%)と報告しており、骨盤内臓神経はS2-5の範囲でS3とS4または両者の間を中心として数枝をもって起始するという。この神経は、肛門挙筋神経と共通幹を形成して発生することが知られている(62.5%,仲西,1967 b; 76.5%,佐藤,1980)。

仙骨内臓神経は、一般に剖出が非常に困難であるとされる。三上(1960)は20.9%,佐藤健次・佐藤達夫(1981)は16.7%,佐藤健次ら(1990)は35.0%,佐藤健次(1994)は約50%に確認できたとしている。仙骨内臓神経はS4の高さの仙骨神経節から発生し、直接にまたはS4からの骨盤内臓神経と合流したのちに骨盤神経叢の下角に入っている。ヒトでは骨盤内臓神経(副交感神経)と仙骨内臓神経(交感神経)の両者が骨盤神経叢に参加するとされているが、実際には両者の共存例は半数にも満たない。動物において観察される骨盤神経は、ヒトの骨盤内臓神経と仙骨内臓神経とが一つに合したものと推測されるという(佐藤健次ら,1990)。比較解剖学的に仙骨内臓神経は骨盤部の自律神経系の機能分化に伴って、骨盤神経の交感神経成分が分離・独立したものと解釈されるが、その分離がヒトにおいても完成を見ていないという解釈が成り立つという(佐藤健次. 1993)。骨盤内臓神経しか存在しない例では、仙骨部交感神経幹→灰白交通枝→仙骨神経→骨盤内臓神経という交感神経経路が存在すると考えられるという(福山,1969; 佐藤健次ら,1990)。

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図116 ヒト骨盤内臓へ分布する自律神経の模式図(佐藤健次, 1993)

図116 ヒト骨盤内臓へ分布する自律神経の模式図