肝神経叢;右肝神経叢

肝神経叢は、迷走神経および横隔神経からの線維を有し、肝内の肝動脈とその枝の上にある自律神経叢の続きで、対をなしません。

日本人のからだ(宮木孝昌 2000)によると

肝臓の神経は腹腔神経叢から送られる線維、迷走神経由来の線維、そして横隔神経を経由する線維が存在します(Popper and Schaffer, 1957; 和気, 1993)。肝臓の神経は肝枝と肝神経叢があることが知られています(Mitchell, 1953)。肝枝は迷走神経の枝で、副交感性の線維から成り立っています。肝神経叢は自律神経系で、交感神経の線維と副交感神経の線維から成り立っています。肝臓の神経は肝門の左端と右端から進入します。本書では、肝門の左端から進入する神経を左肝神経叢、右端から進入する神経を右肝神経叢として記載しました。さらに、左胃動脈神経叢、前胃神経叢、後胃神経叢などの名称を用いました(表107)。

肝臓には左右の肝神経叢が肝門の両端から進入します(図111)。左肝神経叢は噴門付近では左胃動脈神経叢と迷走神経の枝の両方から神経を受けています。左肝神経叢は単独で肝胃間膜の左端を通って胃(噴門)から肝臓(肝門の左端)へ向かいますが、この経路に左肝動脈(左胃動脈から起こる肝動脈)や副左胃動脈、または異常走行する左胃静脈が存在する場合、これらの血管を伴行しています。左肝神経叢の1枝が小網を通ってその右端(肝十二指腸間膜)に達し、幽門に分布する幽門枝になります(Mitchell, 1953)。右肝神経叢は幽門付近で腹腔神経叢から起こり、総肝動脈と中肝動脈(総肝動脈から起こる肝動脈)に沿って肝十二指腸間膜を通って十二指腸の起始部から肝臓(肝門の右端)へ向かいます。

左肝神経叢(図112, 113)

a. 左肝神経叢の通路:左肝神経叢の通路は肝臓への血管の通路でもあります。左肝神経叢は小網の左端を通り、広義の肝門の左端から肝臓に入ります。この通路には必ず左肝神経叢が存在し、これに伴行する動脈は約30%で現れます。一方、左肝神経叢に伴行する静脈は1%未満で存在します。左肝神経叢に伴行する動脈と静脈が同時に現れることは知られていません。

b. 左肝動脈あるいは副左胃動脈を伴う左肝神経叢:左肝神経叢に伴行する動脈は約30%の頻度で現れます(肝動脈と胆嚢動脈の項を参照)。左肝動脈は副左胃動脈と共存することはありません。左肝動脈は約20%の頻度で現れ、噴門から左胃動脈が分かれ、小網の左端を通って肝門に達します。一方、副左胃動脈は約10%の頻度で現れ、ちょうど左肝動脈と逆に肝門の左端から噴門へ向かって左肝神経叢に沿って走ります。

c. 左門脈(左胃動脈の異常走行例)を伴う左肝神経叢:左肝神経叢に伴行する静脈が存在することがあります。この静脈は小弯に分布する左胃静脈が異常走行した場合に見られます。左胃静脈は噴門で肝胃間膜(小網)に入り、その左端を肝臓に向かって走り、肝門(広義)の左端に達して肝臓に進入します。この異常走行をする左胃静脈は、約0.8%の頻度(245例中2例)で現れます(Miyaki et al., 1987)。この左胃静脈は左門脈と呼ばれます(宮木,1994; 宮木・坂井, 1998)。

右肝神経叢(図110)

a. 一般型:右肝神経叢は腹腔神経叢から生じます。腹腔神経叢は腹腔動脈の周辺で形成され、迷走神経と交感神経の繊維を含んでいます。右肝神経叢は腹腔神経叢から総肝動脈に沿って肝臓に向かい、総肝動脈から分かれる中肝動脈(固有肝動脈)、門脈および総胆管と共に肝臓に向かって走ります。

b. 右肝神経叢の層構成:右肝神経叢は、門脈に伴行する神経、動脈に伴行する神経、総胆管に伴行する神経の3群の神経群に大別されます。

c. 中肝動脈(固有肝動脈)の欠損例:総肝動脈から分かれる中肝動脈(固有肝動脈)が欠損することがあります(2.4%)。右肝神経叢は門脈と総胆管に伴行して肝門を通り、肝内で肝動脈の分枝に伴行します。

表107 腹部の自律神経の枝の名称の比較

表107 腹部の自律神経の枝の名称の比較

解剖学用語 本文で用いる名称
肝枝 左肝神経叢
腹腔枝 左胃動脈神経叢
胃神経叢 前胃神経叢と後胃神経叢
肝神経叢 右肝神経叢
脾神経叢 脾動脈神経叢
腹腔神経叢 腹腔神経叢
- 総肝動脈神経叢
- 下横隔動脈神経叢

解剖学用語(日本解剖学会, 1987)