腓腹神経

腓腹神経は、脛骨神経の皮枝であり、腓腹筋の2つの頭の間を下行します。一般的には、その途中で総腓骨神経からの交通枝を受け取ります。腓腹神経からの小枝は下腿後面の皮膚に分布します。外顆よりも遠位では、腓腹神経は小伏在静脈と共に足の外側縁から小指の外側縁に至る皮膚に枝を分けています。

日本人のからだ(熊木克治 2000)によると

Gegenbaur (1888)は、腓腹神経の足背分布に見られる変異を、腓骨神経由来の線維量の多少と関連して説明しました。 Bolk (1897)とSsokolow (1933)は、腓腹神経が小指外側縁だけに分布するものを原始型と見なし、類人猿からヒトへの進化の過程で、腓腹神経の分布域が徐々に内側へ広がるという見解を述べました。腓腹神経の定義、その構成成分、さらには足背皮神経の分布様式を追究するために、谷(1974)は、1969-1971年度金沢大学解剖学実習体81体162側について調査しました。これから、その結果を中心に述べます。

下腿後面で捉えられる皮神経(腓腹神経)には、脛骨神経から分岐する神経束(T)と総腓骨神経からの神経束(F)があります。Tは常に存在し、腓腹筋の内・外側頭の間に挟まれて下行し、途中でこの筋膜を貫いて皮下に出ます。筋膜上での腓腹神経の態度は図103に示されています。TとFが合流して1条(T-F)となって足背に達する場合(142/162例、87.7%、図103 C, D, E)が大部分を占め、Tだけが足背に達する場合(18/162例、11.1%、図103 A, B)、Fだけが足背に達する場合(2/162例、1.2%、図103 F, G)と大別できます。T, F両皮枝の太さの関係を肉眼で観察し、その所見を総合的に考慮すると、T成分がF成分より少ない(T<F)例が99例、T成分とF成分が同等(T=F)例が35例、T成分がF成分より多い(T>F)例が28例でした。一般に、F成分の量が減少すると、TとFが合流しにくくなる傾向が見られます。TとFの関係は、日本人の報告(忽那・鶴野, 1935; 津田, 1939; 貴島, 1958)では合流する例が大部分ですが、ヨーロッパ人の報告(Kosinski, 1926)ではTとFが合流しない例が半数を占め、人種差が顕著です。

下腿後面から足背の指縁に分布する皮枝はいくつかの段階に分類できます(図104)。9型式に分類した皮枝の分布は小指外側縁(第10指縁)から始まり、内側へと拡大する傾向があります。最も多いのは第3指外側縁までの広がりを示すもの(図104 E, F)(101/162例、62.4%)です。さらに内側方向へ分布するもの(図104 G, H, I)は大幅に減少します(15/162例、9.3%)。一方、小指外側縁(第10指縁)のみに分布する例(図104 A)は(20/162例、12.3%)で、T<Fの場合の6%(6/99例)に対し、T>Fの場合は29%(8/28例)に見られます。また、T>F群の60%(17/28例)でTが独立走行するという所見を考慮すると、Tが内側拡大分布例が少ないことが推測できます。Tは2例を除きすべて足背に達していますが、Fは18例が足背に達していません。足背分布に関して、TはFに比べて恒常性が非常に高いと言えます。小指外側縁は、前面からの皮神経(浅腰骨神経Fsなど)がここに分布する例は全くありません。後面からの神経(T-F)が特異的で独占的に分布しています。また、小指外側縁を基盤として内側拡大の変動を示し、それが内側に連続的に変化します。

TとFを仙骨神経叢起始根から足背縁に分布する終枝まで全経過を解析しました(図105)。Tの起始分節はS 1-2、FはL5-S1(S2)に由来し、FはTに比べて一分節高いです。また、両者は近縁であるにもかかわらず、TとFの間の吻合関係は、起始根から大腿部までの範囲では全く認められません。T成分とF成分がともに足背に達している19例についての線維解析の結果、T成分は小指外側縁に限局され、内側へ拡大する成分の大部分はF成分でした。Fが第3指外側縁より内側へ分布する例はありません。また、下腿前面からの浅腓骨神経(Fs)が加わる例について、下腿後面からのTとF、下腿前面からのFsの三者を区別して線維解析したところ、TとFの指縁分布は前面からの枝から完全に分離され、Fsと混合することは少ないことがわかりました。両者が1つの指縁に共存するものは2/19例(図105 C, G)のみで、他の17例(約90%)では共存せず、どちらかだけが分布しています。T, Fは第3指外側縁より外側に、Fsは小指内側縁より内側に分布し、両者の共有範囲は小指内側縁から第3指外側縁の間にあると言えます。

Fの固有分布域が広いときはFsの追加分布域は狭く、逆にFの固有分布が狭いとFsの分布が広い傾向があります。つまり、両神経は指縁分布を明確に分け合う関係にあります。

以上から、足背皮神経の変異はF成分とFs成分の相対比によって決まると結論づけることができます。総腓骨神経の皮枝は非常に変化に富み、このF, Fsの違いはすなわち分岐部(勝骨頚より近位分岐のFと遠位分岐のFs)の違いという連続的な変異現象と説明できます。また、TはFに比べてはるかに恒常的であり、Fは量的変動もはなはだしく二次的な経路と言えます。Tは下腿後面には枝を与えないので、腓腹神経という名前は適当ではないと考えられます。

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図103 下腿後面における脛骨神経と総腓骨神経とからの神経束(T-F)の変異系列(162例,谷, 1974)

図103 下腿後面における脛骨神経と総腓骨神経とからの神経束(T-F)の変異系列

下腿後面の皮神経(腓腹神経)は、脛骨神経から分岐する神経束(T)と総腓骨神経から分岐する神経束(F)で構成されています。

Tは常に存在し、腓腹筋の内側と外側の頭の間に位置して下行します。途中でFと交差し、さまざまな変異を生じます。最終的には小指側から足背に分布します。

Fs: 浅腓骨神経、Rcl: 外側腓骨枝、Sl: 外側腓腹皮神経

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