



腸骨下腹神経は末梢神経系に属し、腹部の感覚および運動を制御する重要な神経である(Gray et al., 2020)。第12胸神経(T12)と第1腰神経(L1)の前枝から形成され、後腹膜腔を走行する(Standring, 2021)。神経の直径は約2-3mmであり、腰神経叢の中でも比較的太径の神経として知られている。
腸骨下腹神経は第12肋間神経の下方を水平に走行し、前方下方に向かって前腹筋群に進入する(Moore et al., 2019)。大腰筋を斜走して貫通した後、腹横筋と内腹斜筋の間から出て、上前腸骨棘の内側を通過する。前腹壁筋群の間を走行し、最終的に皮下組織に到達して終末枝に分岐する。腹横筋筋膜と内腹斜筋の間を走行する際、筋枝を分岐して周囲の筋組織に分布する。
腸骨下腹神経は腹横筋、内腹斜筋、外腹斜筋を支配する(Netter, 2019)。
下腹部および臀部外側の皮膚感覚を司る。前枝は腹直筋外側を通過し、臍レベルで皮膚に到達する。後枝は腸骨稜上方で皮膚に達し、臀部上外側の感覚を支配する。
鼠径ヘルニア手術をはじめとする腹部手術での神経損傷により、感覚異常や運動障害が発生する可能性がある(Chen et al., 2018)。手術操作時には神経走行を十分に考慮し、可能な限り温存に努める必要がある。術後慢性疼痛症候群の原因となり得るため、適切な術前説明と術後管理が重要である(Wang et al., 2021)。神経ブロック療法は、本神経に起因する慢性疼痛の治療に有効な場合がある。術前の画像診断(超音波検査、MRI)による神経走行の確認が推奨される。
個体差による走行経路の変異が存在し、手術時には特別な注意を要する(Smith et al., 2022)。腸骨鼠径神経との吻合が観察される場合がある。神経分岐パターンの変異は、手術時の神経損傷リスクを増加させる要因となる。
鼠径ヘルニア修復術などの腹部手術では、本神経の走行を術前に十分把握する必要がある(Johnson et al., 2020)。開腹手術時は、腹壁切開ラインの設定に際して神経走行を考慮し、損傷を回避する。腹腔鏡手術においては、トロッカー挿入位置の選択時に神経走行に留意する。術中の神経同定には、解剖学的指標の理解と慎重な剥離操作が不可欠である。過度の牽引や電気メスの使用による神経損傷を防止するよう注意する。
腸骨下腹神経は胎生期における脊髄神経の発生過程で形成される(Sadler, 2019)。神経管形成後、神経堤細胞から末梢神経系が発生し、腰神経叢の構成要素として分化する。神経経路の決定には、多様な誘導因子および成長因子が関与する。発生過程での異常は、先天的な走行異常や機能障害の原因となり得る。