肩甲背神経 Nervus dorsalis scapulae
肩甲背神経は、主にC4とC5の頚神経由来の腕神経叢根から発生し、中斜角筋を通って走行する運動神経です。この神経は、肩甲挙筋と菱形筋を支配する重要な役割を担っています (Drake et al., 2020)。
1. 解剖学的特徴
- 神経の走行経路:
- C5神経根は通常、中斜角筋を腹側から背側へ貫通します (Standring, 2021)。
- 菱形筋への経路では、C4は肩甲挙筋を貫通し、C5は肩甲挙筋の腹側を通過することが多く見られます(約80%)(Loukas et al., 2019)。
- 構成と変異:
- 最新の研究では、C4とC5の組み合わせが最も一般的(83.6%)とされています (Chen et al., 2022)。
- C5単独の支配はわずか13.7%です。
- これは、C5単独支配が約80%とされてきた従来の認識とは異なります。
- 発生学的特徴:
- 肩甲挙筋、菱形筋、前鋸筋の支配神経は亜神経叢を形成します (Sadler, 2019)。
- この神経支配様式は、これらの筋群が発生学的に密接な関係にあることを示しています。
2. 臨床的意義
- 神経損傷の影響:
- 肩甲挙筋と菱形筋の機能が低下します (Netter, 2019)。
- 肩甲骨の位置異常と運動障害が生じます。
- 頚部手術や外傷時には特に注意が必要です。
- 主な症状:
- 翼状肩甲(肩甲骨内側縁の外側偏位)が出現します (Moore et al., 2021)。
- 肩甲骨の挙上と内転が困難になります。
- 上肢の挙上動作に支障が生じます。
- 診断方法:
- 肩甲挙筋と菱形筋の筋力テストを行います。
- 肩甲骨の位置と動きを観察します。
- 電気生理学的検査で神経機能を評価します (Magee, 2020)。
3. 治療とリハビリテーション
- 保存的治療:
- 急性期は炎症管理と疼痛コントロールを優先します。
- 肩甲帯周囲筋のストレッチと筋力トレーニングを適切に行います。
- 正しい姿勢と動作の指導を実施します (Kisner and Colby, 2023)。
- 理学療法プログラム:
- 肩甲挙筋と菱形筋の選択的な筋力強化を行います。
- 肩甲骨の安定性を向上させるトレーニングを実施します。
- 関連筋群の協調性を改善する運動を指導します。
- 予防的アプローチ:
- 日常生活での適切な姿勢保持を指導します。
- 頚部周囲の筋バランス改善運動を指導します。
- 職場と日常生活での正しい動作方法を指導します。
4. 参考文献
書籍
- Drake, R.L. et al. (2020) Gray's Anatomy for Students. 4th edn. Philadelphia: Elsevier. — 医学生向けの解剖学教科書であり、肩甲背神経の基本的な走行と機能について詳細に解説している。
- Kisner, C. and Colby, L.A. (2023) Therapeutic Exercise: Foundations and Techniques. 7th edn. Philadelphia: F.A. Davis. — 理学療法の治療的運動に関する包括的な教科書で、肩甲背神経障害に対するリハビリテーションアプローチを提供している。
- Magee, D.J. (2020) Orthopedic Physical Assessment. 7th edn. St. Louis: Elsevier. — 整形外科的評価法の標準的な教科書であり、肩甲背神経障害の臨床的評価法について詳述している。
- Moore, K.L. et al. (2021) Clinically Oriented Anatomy. 9th edn. Philadelphia: Wolters Kluwer. — 臨床解剖学の代表的な教科書で、肩甲背神経の臨床的重要性と解剖学的バリエーションについて解説している。