反回神経 Nervus laryngeus recurrens
1. 定義と基本的特徴
- 迷走神経から分岐する重要な混合神経であり、運動性および知覚性の神経線維を含む。
- 特徴的な走行経路:迷走神経から分岐後、大血管を「反回」(下方から回り込む)することから、この名称が付けられている。
- 臨床的意義:頸部および胸部の外科手術において、最も慎重な取り扱いを要する重要構造物の一つである。
2. 解剖学的走行の特徴
- 左右差のある走行経路:
- 右反回神経:鎖骨下動脈を下方から回り込み、比較的短い経路をとる。
- 左反回神経:大動脈弓を下方から回り込み、右側と比べてより長い経路をとる。
- 共通する走行特徴:
- 気管・食道溝に沿って上行する。
- 甲状腺後面を通過する際は、特に手術時の注意を要する。
- 最終的に下喉頭神経として喉頭に進入し、終末する。
3. 神経支配の詳細
- 運動性支配:
- 内喉頭筋群(輪状甲状筋を除く)への運動支配を行う。
- 声帯の緊張度および弛緩の精密な制御を担う。
- 知覚性支配:
- 喉頭下部の粘膜からの知覚情報を伝達する。
- 気管および食道への分枝を介した知覚支配を行う。
4. 生理学的機能
- 発声に関する機能:
- 声帯運動の精密な制御により、音声の調節を可能にする。
- 喉頭内筋の協調的な収縮により、適切な声門開閉を実現する。
- 防御的機能:
- 咳反射および嚥下反射の神経学的制御を担う。
- 喉頭粘膜の知覚を介して、気道防御機構に寄与する。
5. 臨床的意義と病態
- 手術における重要性:
- 甲状腺手術において、最も重要な保護対象となる神経である。
- 術中における慎重な神経の同定と愛護的な操作が不可欠である。
- 神経障害による症状:
- 片側性麻痺:声帯運動障害により、嗄声が出現する。
- 両側性麻痺:重度の呼吸困難を引き起こす可能性があり、緊急処置を要することがある。
- 腫瘍性病変の影響:食道癌、肺癌、縦隔腫瘍などによる圧迫や浸潤により、神経機能障害を引き起こす可能性がある。
6. 発生学的背景と形成過程
- 発生学的特徴:胎生期において、第6鰓弓動脈の周囲を回る特徴的な走行経路が形成される。