迷走神経 Nervus vagus [X]
1. 基本的特徴と構造
- 第10脳神経として、延髄の外側から多数の小根として発生する混合神経である。主として副交感神経系に属し、体性神経系の要素も含む (Standring, 2021)。
- 迷走神経核は、延髄の背側核(副交感性運動核)、疑核(特殊内臓運動性)、孤束核(内臓知覚性)から構成され、それぞれが特異的な機能を担っている (Drake et al., 2020)。
- 頭蓋底では頸静脈孔を通過し、上神経節(感覚性)と下神経節(混合性)を形成する。これらは重要な中継点となっている。
2. 走行経路と分布
- 「迷走」という名称は、その複雑な走行経路と自律神経叢の形成に由来する。頭蓋内から腹腔に至るまで、広範な領域に分布している (Moore et al., 2022)。
- 頸部では総頸動脈に沿って下行し、胸腔では食道の周囲を走行する。この過程で、多くの分枝を出して周囲の組織に分布する。
3. 心臓への分布と機能
- 動脈門からの心臓枝は、頚動脈枝および大動脈・肺動脈枝(AP枝)として分布し、心拍数の調節と冠状動脈の拡張に関与する (Netter, 2023)。
- 静脈門からの心臓枝は、前後の肺静脈洞枝、大静脈枝、および洞房枝として分布し、心臓の自律神経調節において重要な役割を果たす。
4. 消化器系への分布
- 食道、胃、十二指腸に分布し、消化管の蠕動運動と分泌を調節する。また、胃酸分泌の促進や胃粘膜の保護にも関与する (Snell, 2019)。
- 腹部では左右の迷走神経幹を形成し、前幹は主に胃の前面と肝臓へ、後幹は胃の後面と腹腔神経叢へ分布する。これらの神経枝は、消化管の運動性と分泌機能を制御する。
5. 呼吸器系への分布
- 前後の肺枝を形成し、気管支の周囲に沿って肺実質内に入り、気道の緊張度と分泌の調節に重要な役割を果たす (Gilroy et al., 2021)。
- 気管支平滑筋の収縮と気管支腺の分泌を調節し、気道の過敏性や炎症反応にも関与する。
6. 喉頭への分布
- 上喉頭神経は内枝と外枝に分かれ、喉頭および咽頭下部の外表面に分布する。これらは、嚥下反射や声帯の位置調節に重要である (Drake et al., 2020)。
- 喉頭粘膜の神経支配は主として内枝によって行われ、声帯の前半部および声門下腔の粘膜に分布し、粘膜の知覚と防御反射に関与する。