動眼神経 Nervus oculomotorius [III]
解剖学的基本特徴
- 動眼神経は、中脳被蓋の背側部に位置する動眼神経核から起始し、主要な眼球運動を制御する体性運動神経である。外側直筋(外転神経[VI]支配)と上斜筋(滑車神経[IV]支配)を除く、全ての外眼筋の運動を担当する (Standring, 2020)。
- 脳神経の中で第III番目に位置し、眼筋支配神経の中で最大の太さを持つ。起始部の横径は1.5–2.0mm、縦径は1.0–1.5mmであり、この太さは支配筋の多さを反映している (Gray and Lewis, 2018)。
- 動眼神経核は複雑な構造を持ち、主核(体性運動ニューロン)と副核(Edinger-Westphal核、副交感神経節前ニューロン)から構成される。主核はさらに機能的に区画化されており、それぞれの区画が特定の外眼筋を支配する。
- 神経線維束は、中脳腹側面の大脳脚内側縁から出現し、脳底槽を通って前方へ走行する。この際、後大脳動脈と上小脳動脈の間を通過するため、この部位の動脈瘤による圧迫を受けやすい。
- 左右の動眼神経核は正中線上で相互に連絡する両側性の構造を持ち、これにより両眼の協調運動が可能となる (Nolte, 2021)。特に内側直筋支配ニューロンは交差性と非交差性の投射を持ち、輻輳運動の協調に重要である。
走行経路と形態学的特徴
- 大脳脚内側縁から単一の神経幹として出現後、前方へ進み、後交通動脈の外側を通過する。この部位は後交通動脈瘤による圧迫を受けやすい解剖学的弱点である。
- さらに前方へ進み、トルコ鞍の側方で硬膜を貫通して海綿静脈洞の外側壁に入る。海綿静脈洞内では、壁内を走行し、滑車神経および眼神経の上内側に位置する (Moore et al., 2019)。ここでは内頸動脈に近接して走行するため、動脈瘤や海綿静脈洞内の炎症性疾患の影響を受けやすい。
- 上眼窩裂に到達すると、眼窩内へ進入する。この際、上直筋と外側直筋の起始部間を通過し、視神経、滑車神経、眼神経の鼻毛様体枝、前頭神経などとともに眼窩へ入る。
- 眼窩内に入ると直ちに上枝(比較的細い)と下枝(太い)に分岐する。この分岐パターンは解剖学的に安定しており、上枝は上方へ、下枝は前内側へ向かう。
支配領域と機能的解剖
- 上枝は、上直筋と上眼瞼挙筋の運動を支配する。上直筋は眼球の上転と内転、内旋に関与し、上眼瞼挙筋は上眼瞼の挙上を担当する。
- 下枝は、内側直筋、下直筋、下斜筋の運動を支配する (Snell, 2019)。内側直筋は眼球の内転、下直筋は下転と内転、外旋に関与し、下斜筋は上転と外転、外旋を担当する。
- 副交感神経系の節前線維はEdinger-Westphal核から起始し、動眼神経に沿って走行した後、下枝から分かれて毛様体神経節に終わる。ここでシナプスを形成し、節後線維が以下の機能を制御する:
- 毛様体筋の収縮による水晶体調節機能(近方視)
- 瞳孔括約筋の収縮による縮瞳(光反射と近見反射)
- 近見反射(調節・縮瞳・輻輳)の協調制御:視対象が近づくと、両眼の輻輳、瞳孔括約筋の収縮、毛様体筋の収縮が同時に起こる精密な協調機構
臨床的意義と神経病理
- 動眼神経麻痺の主要な症状と解剖学的根拠:
- 眼瞼下垂(上眼瞼挙筋麻痺):上眼瞼が下がり、瞼裂が狭くなる
- 眼球の外下方偏位(「down and out」位置):外側直筋(外転神経支配)と上斜筋(滑車神経支配)のみが機能するため
- 複視(二重視):両眼の視軸が一致しないことによる知覚異常
- 瞳孔散大と調節麻痺:副交感神経系障害による瞳孔括約筋と毛様体筋の麻痺
- 臨床的に重要な動眼神経麻痺の特徴と鑑別:
- 瞳孔障害を伴う完全麻痺:圧迫性(特に動脈瘤)・外傷性病変を示唆
- 瞳孔障害を伴わない麻痺:虚血性(糖尿病性)病変を示唆
- 核上性麻痺との鑑別:両側性の眼球運動障害を呈するが、瞳孔反応は正常
- 原因となる主な病態と解剖学的相関:
- 糖尿病性神経障害:微小血管障害による神経虚血、特に神経実質部への栄養血管障害
- 脳動脈瘤(特に後交通動脈瘤):神経の走行経路上での圧迫や、破裂時のくも膜下出血による影響
- 頭蓋内圧亢進:天幕切痕ヘルニアによる神経の圧迫、特に第三脳神経の走行経路での圧迫
- 外傷:頭部外傷による直接損傷や、頭蓋底骨折に伴う損傷
- 腫瘍:中頭蓋窩や海綿静脈洞部の腫瘍による圧迫