大伏在静脈

大伏在静脈は古くから「薔薇静脈」と呼ばれていました。ギリシャ語のsaphisは「目に見える」を意味し、一方でアラビア語では「隠れた」を意味します。これにより、語源的にはギリシャ語とアラビア語で反対の意味を持つ単語となっていますが、Vena saphenaの語源は確定していません。

大伏在静脈は下肢最大の皮静脈で、下肢の内側に沿って皮下組織を上行します。足背の内側縁から始まり、内果の前を通過します。この部分では皮膚の上からその走行を確認できます。大伏在静脈は伏在神経と伴行し、下腿の内側を通り、膝関節の後内側を経由し、大腿内側面を上昇します。最後に、鼠径靱帯の下方で深く入り、伏在裂孔で大腿静脈に注ぎます。

途中で周囲から多くの皮静脈が大伏在静脈に合流します。大腿の内側と後面よりの皮静脈は1本に合流し、伏在裂孔のやや下方で大伏在静脈に注ぎます。これは副伏在静脈と呼ばれます。大腿の前面や外側面よりの皮静脈が合流する場合は、特に外側伏在静脈と呼ばれます。大腿内側面よりの皮静脈は内側伏在静脈と呼ばれます。

日本人のからだ(大久保真人 2000)によると

大伏在静脈は足の内側縁の静脈であり、特に足背静脈弓の内側部の延長で、内果の前を経て脛骨の内側稜に沿って上行し、大腿骨内側上顆の後方を回りながら大腿下部の内側に出てから、次第に伏在裂孔に達し、大腿静脈に開口します。このように単一の静脈が単純な経過をたどる例は、成人では調査数の半数以上ですが(50.0%、喜多、1928; 63.7%、稗田、1929)、胎児では少ない(20.9%、高橋、1939)。これは、胎児では静脈網の整理統合が未完成なためと考えられます。成人における観察では、以下の型が見られました:a.単一で単純な走行のもの、b.下腿で2本のもの、c.大腿で2本のもの、d.下腿から大腿にわたって2本のもの、e.下腿から大腿にかけて3本のもの、f.下腿の3本が大腿で2本になるものなど。

大伏在静脈は、その経過中に2条または3条に分岐し、その後吻合して再び1条となることで、島または叢を形成することがあります。その数は通常1個ですが、まれに5個に達することもあります。その位置は下腿から大腿にかけてで、特に大腿が多いです。大伏在静脈が叢状になるのは胎児に多く、その部位は下腿中位(12.1%)が最も多いです。

大伏在静脈には変異例もあります。胎児60側の所見では、経過の途中で一部が深筋膜下を通ることがあります。そのような例は、大伏在静脈が静脈網や島を形成したり、分岐した場合に見られます。その部位は、膝関節位4側、大腿中央部1側、下腿中央部1側でした(高橋、1939)。

小伏在静脈と大伏在静脈間の吻合

下腿の小伏在静脈と大伏在静脈の間には交通枝が存在します。その中でも明らかな交通枝は小伏在静脈から大伏在静脈に向かう交通枝で、上、中、下交通枝の3枝があります。上交通枝は後下方から内上方へ、中交通枝はほぼ水平に、下交通枝は内下方から後上方へそれぞれ走行します。これら3枝はまれには同時に見られる例もありますが、多くは1枝または2枝です(表98)。なお、交通枝が大伏在静脈から小伏在静脈に向かうものは、胎児(高橋、1939)では134側中46側(34.3%)に見られましたが、成人(喜多、1928)では僅かに60側中1側(1.7%)に見られたに過ぎませんでした。

表98 小伏在静脈と大伏在静脈とのあいだの交通枝の数とその側数

表98 小伏在静脈と大伏在静脈とのあいだの交通枝の数とその側数

1枝 2枝 3枝 網状 欠如
成人 喜多(1928) 47 10 0 0 3 60
稗田(1929) 39 20 4 4 24 91
胎児 高橋(1939) 27 54 34 15 4 134

下肢の皮静脈の変異例

日本人のからだ(大久保真人 2000)によると

ここでは、これまでに示した個々の静脈の変異例の他に見られた変異例、または単独で症例報告の対象とされた例について述べます。いずれも特定の静脈だけでなく、静脈間の相互関係が注目されます。