前腕正中皮静脈 Vena mediana antebrachii
前腕正中皮静脈は、上肢の表在静脈系の重要な構成要素であり、以下の解剖学的特徴を持ちます(Gray et al., 2020; Standring, 2021):
解剖学的特徴
- 起始:前腕遠位部掌側(手掌側)の静脈網(rete venosum dorsale manus)から始まります(Moore et al., 2018)。
- 走行:前腕の前面(掌側面)を近位方向へ、橈側皮静脈(v. cephalica)と尺側皮静脈(v. basilica)の間を上行します(Netter, 2019)。
- 分岐:肘窩付近で通常、尺側正中皮静脈(v. mediana basilica)と橈側正中皮静脈(v. mediana cephalica)の二つに分岐します(Standring, 2021)。
- 変異:約20%の症例では分岐せずに肘正中皮静脈(v. mediana cubiti)に直接流入することもあります(Ukoha et al., 2013)。
- 位置関係:前腕の浅筋膜直下を走行し、皮下組織内に位置します(Drake et al., 2019)。
解剖学的変異
前腕正中皮静脈は非常に変異が多い血管系の一つです(Lee et al., 2015):
- 個体差:その存在自体が個人によって異なり、約60-70%の人に認められます(Yamada et al., 2017)。
- 走行パターン:完全に欠如する場合や、重複して存在する場合もあります(Mikuni et al., 2013)。
- 吻合様式:主に尺側皮静脈や肘正中皮静脈、またはその両方に流入しますが、橈側皮静脈と連絡することもあります(Bergman et al., 2016)。
- 深部静脈との交通:時に前腕の深部静脈系と交通枝を形成することがあります(Standring, 2021)。
臨床的意義
- 静脈穿刺:肘窩付近で静脈注射や採血の部位として頻繁に使用されます。特に肘正中皮静脈は、太く表面に位置するため好まれます(Hamlin et al., 2014)。
- 血管アクセス:透析用の動静脈瘻形成の際、表在静脈の評価対象となります(Cheng et al., 2016)。
- 血栓性静脈炎:長期の静脈カテーテル留置により発症リスクがあります(Lee et al., 2012)。
- 静脈グラフト:冠動脈バイパス手術などで静脈グラフトとして利用されることがあります(ただし、橈側皮静脈や大伏在静脈に比べると使用頻度は低い)(Kim et al., 2018)。
- 解剖学的指標:上肢の表在静脈系の理解や、局所麻酔時の神経ブロックの際の解剖学的指標として重要です(Yamada et al., 2019)。