肘正中皮静脈 Vena mediana cubiti
肘正中皮静脈は、肘窩の前面を尺側に斜めに上向きに流れる重要な皮静脈です。この静脈は解剖学的変異が豊富で、臨床的にも重要な構造です(Gray, 2015)。
解剖学的特徴
- 起始と走行:通常は橈側皮静脈から分岐し、肘窩を斜めに横切りながら尺側に向かい、尺側皮静脈に合流します(Moore et al., 2018)。
- 位置関係:肘窩の皮下脂肪組織内に位置し、筋膜上を走行します。
- 径:平均約3-5mmの太さがあり、上肢の表在静脈の中でも比較的太い静脈の一つです(Standring, 2020)。
- 分岐パターン:主に「M字型」「N字型」などのパターンがあり、個人差が大きいです(Yamada et al., 2017)。
- 深部との交通:上腕の深部静脈系(上腕動脈に伴行する静脈)と交通枝を介して連絡することがあり、その交通部位は深層中心静脈(perforating vein)と呼ばれます。
臨床的意義
- 採血部位:肘正中皮静脈は太く表面から確認しやすいため、静脈採血の最も一般的な部位となっています(Mikuni et al., 2013)。
- 静脈路確保:救急処置や手術時の末梢静脈路確保にも頻用されます。
- 神経との関係:表在神経(特に前腕内側皮神経や外側皮神経)と近接して走行するため、採血時の神経損傷に注意が必要です(Horowitz, 2001)。
- 血栓性静脈炎:長期的な点滴などにより血栓性静脈炎を起こすことがあります。
解剖学的変異
肘正中皮静脈の出現頻度は研究によって異なりますが、多くの調査で80%以上の出現率が報告されています。del Sol et al.(2007)の研究では、上肢の皮静脈系全体の分類において、肘正中皮静脈が存在するパターン(II型)が最も一般的で、約77.76%の出現率とされています。
また、肘正中皮静脈は上腕二頭筋腱膜(bicipital aponeurosis)の表層を通過することが多く、この関係は静脈穿刺時の解剖学的ランドマークとして有用です(Lee et al., 2015)。
参考文献
- Gray H. (2015). Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice, 41st ed. — 解剖学の基本テキストとして肘部の血管系について詳細に解説している。
- Moore KL, Dalley AF, Agur AMR. (2018). Clinically Oriented Anatomy, 8th ed. — 臨床解剖学の観点から肘正中皮静脈の重要性について言及している。
- Standring S. (2020). Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice, 42nd ed. — 最新の解剖学的知見に基づいた肘部静脈系の詳細な記述がある。