乳輪静脈叢 Plexus venosus areolaris
解剖学的特徴
乳輪静脈叢は、乳輪および乳頭周囲に分布する静脈網であり、特に女性において顕著に発達しています(Standring, 2020)。この静脈叢は皮下の浅層に位置し、乳腺組織からの静脈血を集めて排出する重要な役割を果たしています(Moore et al., 2018)。
静脈叢の構造的特徴として、乳輪下で網目状に吻合し、放射状に外方へ伸びる細い枝を形成します(金子丑之助, 1989)。これらの枝は大胸筋の表面を通過し、最終的に以下の経路で排出されます:
- 主に腋窩静脈(axillary vein)へ注ぐ
- 内胸静脈(internal thoracic vein)への一部の流入
- 肋間静脈(intercostal veins)との吻合
血管の走行と関連構造
乳輪静脈叢は、乳房の静脈還流システムの一部として、以下の解剖学的関係を持ちます(Standring, 2020):
- 浅層系: 皮下組織内を走行し、皮静脈と連絡
- 深層系: 大胸筋筋膜を貫通し、胸壁の深部静脈系と交通
- 乳腺組織との関係: 乳腺小葉間の静脈叢と密接に連絡
生理学的意義
妊娠および授乳期には、乳腺組織の増大に伴い、乳輪静脈叢は著しく拡張・発達します。この時期には血流量が増加し、静脈が皮膚表面から透見されることがあります(Hallsの徴候)(Moore et al., 2018)。
臨床的重要性
乳癌における意義:
- 乳癌の静脈性転移経路として重要で、腫瘍細胞が乳輪静脈叢を介して腋窩リンパ節や遠隔臓器へ播種される可能性があります(Sappey, 1874; Suami et al., 2009)
- 乳房の静脈怒張や非対称性は、悪性腫瘍の存在を示唆する所見となることがあります(Tanis et al., 2003)
- 炎症性乳癌では、腫瘍塞栓による静脈閉塞により表在静脈の拡張が見られます(Dawood et al., 2011)
乳房手術における考慮事項: