胸腹壁静脈 Venae thoracoepigastricae

胸腹壁静脈は、腹壁から胸壁にかけて外側部の皮下を上行する重要な皮静脈です。解剖学的には、これらの静脈は前腹壁の皮下組織内を走行し、乳房外側から腋窩に向かって上行します(Gray et al., 2020)。

解剖学的特徴

起始と走行:下方では大腿静脈の枝である浅腹壁静脈(V. epigastrica superficialis)あるいは浅腸骨回旋静脈(V. circumflexa iliaca superficialis)から始まり、側腹部を上行します。上方では外側胸静脈(V. thoracica lateralis)に合流した後、最終的に腋窩静脈(V. axillaris)に注ぎます(Standring, 2021)。

構造:直径は通常1〜3mm程度で、個人差が大きく、静脈弁を有しています。皮下脂肪組織内を走行するため、しばしば肉眼的に観察可能です(Moore et al., 2022)。

臨床的意義

胸腹壁静脈は下大静脈または門脈の閉塞時に特に重要となります。これらの主要静脈が閉塞すると、胸腹壁静脈は下半身から心臓への静脈血の側副路(collateral pathway)として機能します(Hollinshead and Rosse, 2018)。門脈圧亢進症や下大静脈症候群の患者では、これらの静脈が拡張・蛇行し、いわゆる「メドゥーサの頭」(caput medusae)と呼ばれる特徴的な臨床所見を呈することがあります(Ellis, 2019)。

また、乳癌手術後のリンパ浮腫症例においても、胸腹壁静脈系は重要な側副路となることがあります。胸部外科手術や乳房切除術の際には、これらの静脈の走行を考慮する必要があります(Netter, 2023)。

参考文献

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J0627 (胴体の表在静脈、腹側からの図)

J811.png

J0811 (妊娠中の右乳房の水平断、上半分:下方からの図)