後外椎骨静脈叢 Plexus venosus vertebralis externus posterior

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J0609 (頚部の深部静脈:右側からの図)

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J0611 (顔の深部静脈:右側からの図)

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J0616 (腰椎の静脈の正中断面:左側からの図)

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J0617 (腰椎の静脈:上方からの水平断面図)

解剖学的構造と特徴

位置と走行: 後外椎骨静脈叢は、椎骨の背側に位置し、椎弓板(laminae vertebrae)および棘突起の外側面に沿って走行する静脈網である (Groen et al., 2004)。この静脈叢は、椎骨の後方要素を覆うように広がり、傍脊柱筋群の深層に位置している。各椎骨レベルで横方向の吻合を形成し、椎骨の両側で広範な交通を有している。

発達の程度: 後外椎骨静脈叢の発達程度は、脊柱の領域によって異なる。特に頚椎領域では顕著に発達しており、豊富な静脈網を形成している (Netter, 2019)。胸椎および腰椎領域では比較的発達が軽度であるが、それでも重要な静脈還流経路を構成している。この領域差は、各部位の運動性や血流需要の違いを反映していると考えられる。

微細構造: 後外椎骨静脈叢を構成する静脈は、比較的薄い壁を持ち、弁を欠如している。この弁の欠如は、Batsonの静脈叢全体の特徴であり、双方向性の血流を可能にしている (Batson, 1940)。静脈壁の構造は、圧変化に対して柔軟に対応できるように適応している。

血管連絡と還流経路

内椎骨静脈叢との連絡: 後外椎骨静脈叢は、椎間孔を通過する椎骨間静脈(intervertebral veins)を介して、硬膜外腔に位置する内椎骨静脈叢(plexus venosus vertebralis internus)と密接に連絡している (Standring, 2021)。この連絡により、脊柱管内外の静脈系が一体となった複雑な還流ネットワークを形成している。

主要静脈との吻合: 頚椎レベルでは、深頚静脈(v. cervicalis profunda)および椎骨静脈(v. vertebralis)と吻合している。また、後頭静脈(v. occipitalis)とも交通しており、頭蓋内静脈系との連絡も有している。胸椎レベルでは肋間静脈(vv. intercostales)と、腰椎レベルでは腰静脈(vv. lumbales)と連絡している (Standring, 2021)。これらの吻合により、分節状に配置された椎骨周囲の静脈網が形成され、多方向への静脈還流が可能となっている。

還流パターン: 通常の生理的条件下では、後外椎骨静脈叢からの静脈血は、椎骨間静脈を経由して分節動脈に伴走する静脈へ、あるいは直接椎骨静脈や深頚静脈へと流入する。しかし、弁を持たない構造のため、胸腔内圧や腹腔内圧の変化、体位の変換などにより、血流方向が容易に変化する (Batson, 1940)。

生理学的機能

静脈還流機能: 後外椎骨静脈叢の主要な機能は、脊柱管内部および椎骨後方要素からの静脈血のドレナージである。特に、脊髄および神経根周囲の静脈血を効率的に還流させる重要な役割を担っている。また、椎骨骨髄からの静脈血も、この静脈叢を介して還流される (Groen et al., 2004)。

圧変化への対応: Batsonの静脈叢の一部として、胸腔内圧や腹腔内圧の変化に応じて血流方向と血流量が変化する。咳嗽、怒責、重量物の挙上などにより腹腔内圧が上昇すると、下大静脈系の還流が制限され、代償的に椎骨静脈叢を介した還流が増加する (Batson, 1940)。この機構により、中心静脈系への過度の圧負荷を回避している。

臨床的意義

悪性腫瘍の転移経路: 後外椎骨静脈叢は、骨盤腔および腹腔の悪性腫瘍が脊椎に転移する重要な経路として機能する。特に前立腺癌、乳癌、肺癌、腎癌などの悪性腫瘍では、この経路を介した脊椎転移が高頻度に認められる (Stringer et al., 2012)。弁を持たない構造のため、腹腔内圧の上昇時に腫瘍細胞が逆行性に椎骨静脈叢へ流入し、椎体や硬膜外腔に播種される可能性がある。この機序は「Batson仮説」として知られている (Batson, 1940)。

脊椎手術における出血源: 後外椎骨静脈叢は、脊椎後方手術時の重要な出血源となる (Galgano et al., 2017)。特に椎弓切除術、椎弓形成術、後方固定術などの手術では、この静脈叢の損傷により術中出血が増加する可能性がある。手術アプローチの計画時には、この静脈叢の位置と分布を十分に考慮し、慎重な剥離操作と適切な止血処置が必要である。

画像診断における重要性: MRIやCTにおいて、後外椎骨静脈叢の拡張や異常な造影効果は、硬膜外病変、静脈還流障害、あるいは硬膜動静脈瘻などの病態を示唆する所見となる。また、脊髄血管造影においても、この静脈叢の描出パターンは重要な診断情報を提供する (Standring, 2021)。

脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔との関連: 硬膜外麻酔や脊髄くも膜下麻酔の施行時、特に妊婦や腹腔内腫瘍を有する患者では、下大静脈の圧迫により椎骨静脈叢が怒張していることがある。この状態では、硬膜外腔への穿刺時に静脈損傷や血腫形成のリスクが増加するため、慎重な手技が求められる (Netter, 2019)。

静脈血栓症: まれではあるが、後外椎骨静脈叢における血栓形成が報告されている。これは脊髄圧迫症状や神経根症状の原因となり得る。また、深部静脈血栓症の一部として、あるいは易血栓性状態において発生する可能性がある (Stringer et al., 2012)。

参考文献