後頭静脈 Vena occipitalis

大脳の表面の静脈(浅大脳静脈)の走行

頭部静脈系の側副循環の半模式図

J0609 (頚部の深部静脈:右側からの図)

J0610 (顔の表在静脈:右側からの図)
解剖学的構造
後頭静脈は後頭部における重要な表在静脈であり、以下の解剖学的特徴を有する。
- 起始部:後頭部の頭皮静脈網(scalp venous plexus)から起始する。頭頂部から後頭部にかけて広範囲に分布する静脈網を集約する役割を持つ。
- 走行経路:後頭動脈(occipital artery)に沿って下行し、通常は後頭筋膜の浅層を走行する。上項線(superior nuchal line)付近で最も表層に位置することが多い。
- 血管壁の特徴:静脈壁は極めて薄く、3層構造(内膜、中膜、外膜)の中でも特に中膜の平滑筋層が乏しい。また、弁構造(venous valve)を欠くか、存在しても不完全であることが特徴的である(Moore et al., 2024)。この解剖学的特性により、血流は圧較差に応じて双方向性となる。
- 後頭下静脈叢との連絡:後頭下三角(suboccipital triangle)において後頭下静脈叢(suboccipital venous plexus)と広範な吻合を形成する。この静脈叢は第1頸椎(環椎)と第2頸椎(軸椎)の周囲に発達し、深部の椎骨静脈系(vertebral venous system)へと連絡する(Tubbs et al., 2022)。
- 板間静脈を介した頭蓋内交通:後頭骨の板間静脈(emissary vein)を経由して、頭蓋内の横静脈洞(transverse sinus)や後頭静脈洞(occipital sinus)と直接的な交通を持つ。この経路は頭蓋内外の静脈圧を均衡させる重要な機構である。
静脈還流と血管吻合
後頭静脈は複雑な静脈吻合網の一部を構成し、頭蓋内外の静脈還流調節において中枢的役割を果たす。
- 多重の還流経路:後頭静脈は以下の複数経路を介して静脈血を還流する(Netter and Hansen, 2023)。
- 椎骨静脈(vertebral vein)への連絡:後頭下静脈叢を経由
- 内頸静脈(internal jugular vein)への連絡:深頸静脈(deep cervical vein)を介して
- 外頸静脈(external jugular vein)への連絡:直接的または後耳介静脈(posterior auricular vein)を経由
- 双方向性静脈還流:弁構造の欠如により、頭蓋内圧の変動や体位変換に応じて血流方向が容易に変化する。この特性により、頭蓋内圧亢進時には代償的な還流経路として機能し、逆に頭蓋外の感染が頭蓋内へ伝播する経路ともなりうる(Drake et al., 2024)。
- 側副循環路の形成:主要な静脈還流路が閉塞した際、豊富な吻合により効果的な側副循環(collateral circulation)を形成する能力を有する。
臨床的重要性
後頭静脈は多様な病態において臨床的意義を持つ。
- 頭蓋内圧亢進時の代償機構:脳腫瘍、外傷性脳浮腫、水頭症などにより頭蓋内圧が上昇した際、後頭静脈系を経由する側副血行路が代償的に拡張し、静脈還流を維持する(Snell, 2023)。この際、板間静脈の拡張が画像診断で確認されることがある。
- 感染症の伝播経路:頭皮の感染症(蜂窩織炎、膿瘍)が弁を欠く後頭静脈を逆行性に伝播し、硬膜下膿瘍(subdural abscess)、硬膜外膿瘍(epidural abscess)、さらには静脈洞血栓症(venous sinus thrombosis)を引き起こす危険性がある。歴史的に「危険三角(danger triangle)」として知られる顔面静脈系と同様の機序である。
- 硬膜動静脈瘻(dural arteriovenous fistula, dAVF):後頭部の硬膜動静脈瘻は横静脈洞-S状静脈洞移行部に好発し、後頭静脈を介したドレナージ(drainage)を形成することがある(Osborn, 2024)。拍動性耳鳴、頭痛、眼症状などの臨床症状を呈し、血管内治療の対象となる。
- 頭部外傷:後頭部打撲により後頭静脈が損傷し、帽状腱膜下血腫(subgaleal hematoma)や頭皮血腫の原因となることがある。特に小児では大量出血により貧血をきたす症例も報告されている。