深腸骨回旋動脈は、腹部下部と骨盤周辺の血液供給において極めて重要な役割を果たす動脈であり、その解剖学的特徴と臨床的意義について詳細に理解することが、外科手術や画像診断、さらには血管系疾患の治療において不可欠です(Gray et al., 2020; Standring, 2021)。



J0590 (男性右側の閉鎖動脈と下腹壁動脈:左側からの図)



深腸骨回旋動脈は、外腸骨動脈の外側面から分岐する重要な動脈です。その起始部は通常、鼠径靭帯の約2cm上方に位置し、下腹壁動脈の起始部とほぼ同じレベルで分岐します(Netter, 2019)。外腸骨動脈は、総腸骨動脈が第5腰椎の高さで分岐した後、骨盤腔を斜めに下降し、鼠径靭帯の中点の下方で大腿動脈へと移行します。深腸骨回旋動脈は、この走行の途中で分岐するため、骨盤下部の血管解剖を理解する上で重要な指標となります(Standring, 2021)。
起始部における血管の直径は通常2-3mm程度であり、個体差はありますが、比較的細い動脈として分類されます。しかし、その分布領域の広さと臨床的重要性から、決して軽視できない血管です(Moore et al., 2018)。
深腸骨回旋動脈は、起始後、横筋筋膜(fascia transversalis)に覆われた状態で走行を開始します。この筋膜は腹腔の内側を覆う重要な構造であり、腹壁の強度維持に寄与しています。動脈は鼠径靭帯の内側に沿って、外側上方へ向かって走行し、上前腸骨棘(anterior superior iliac spine; ASIS)に向かいます(Drake et al., 2020)。
上前腸骨棘付近に達すると、動脈は腸骨稜(iliac crest)に沿って後方へ走行経路を変え、腸骨稜のほぼ中央部まで達します。この走行中、動脈は腹横筋(transversus abdominis muscle)と内腹斜筋(internal oblique muscle)の間を通過し、これらの筋肉に栄養を供給します(Standring, 2021)。
走行の終末部では、動脈は腸骨稜の内側面と外側面の両方に分枝を送り、骨膜や周辺の軟部組織への血液供給を担います。特に腸骨稜は造血組織である骨髄を含むため、この血液供給は骨の代謝や修復において重要な役割を果たします(Gray et al., 2020)。
深腸骨回旋動脈は、その走行中に複数の分枝を出しますが、主要な分枝として浅枝(superficial branch)と深枝(deep branch)に分けられます(Moore et al., 2018)。
深腸骨回旋動脈は、その走行中に複数の神経構造と密接な関係を持ちます。特に重要なのは、腸骨下腹神経(iliohypogastric nerve)および腸骨鼠径神経(ilioinguinal nerve)との関係です(Drake et al., 2020)。
腸骨下腹神経は、第1腰神経(L1)から起始し、大腰筋の外側縁を下降した後、腸骨稜の上方で腹横筋と内腹斜筋の間を前方へ走行します。この走行経路は、深腸骨回旋動脈の走行と平行しており、両者はしばしば伴行します。腸骨下腹神経は、下腹部の皮膚感覚と腹筋の運動を支配します(Standring, 2021)。
腸骨鼠径神経もまた第1腰神経から起始し、腸骨下腹神経とほぼ同じ経路をたどりますが、より下方を走行し、最終的に鼠径管を通過して外陰部へ至ります。この神経も深腸骨回旋動脈の走行領域を通過するため、外科手術の際には注意が必要です(Gray et al., 2020)。