卵巣動脈は、女性の生殖器系に重要な血液供給を担う動脈です。その主な特徴は以下の通りです:
卵巣動脈の走行経路には変異が見られ、以下のような特徴があります:
この動脈の解剖学的変異は発生学的な観点から説明できます。生殖腺原基の下降と腎臓の上昇のタイミングが、その変異に関係しています。
J0595 (子宮とその周囲の動脈:背面から、わずかに左方からの図)
日本人のからだ(児玉公道 2000)によると
精巣(卵巣)動脈は、通常左右ともに腎動脈よりも下位で、腹腔動脈の外側腹側面から出て、右では下大静脈の腹側を通った後、左ではそのまま、それぞれ後腹壁で腹膜の後を斜め下方に走行します。しかし、この動脈が必ずしも1本であるわけではなく、出現場所や腎静脈や下大静脈との関係などの走行経路についても、いくつかの変型が観察されます。そこで、我々は精巣(卵巣)動脈の出現位置と走行経路の間の相関関係を調査しました(図77)。その結果は表50に示されています。
208体で不明なものを除き、左右合わせて392側中、精巣(卵巣)動脈が1本のものが334例(右167例、左167例)、2本存在するものが54例(右26例、左28例)、そして3本存在するものが4例(右2例、左2例)でした。ただし、複数存在するものの中には、これらの複数の精巣(卵巣)動脈がその走行途中で合流して1本になるものも含まれます。表50では横軸に起始位置を示しました。起始位置は、腹大動脈と腎動脈を含めた部分を、I.腎動脈より上の腹大動脈、II.腎動脈または副腎動脈、III.腎動脈と同じ高さの腹大動脈、IV.腎動脈より下位の腹大動脈の4部に分けて示しました。縦軸には、その走行経路を示しました。右では①右腎静脈の前を下行、②右腎静脈の浅深枝の間または腎静脈に形成された島を貫いて下行、③腎静脈および下大静脈の後を下行、④下大静脈の前を下行、の4通りに、また左では⑤左腎静脈の前を下行、⑥左腎静脈の浅深二枝の間または腎静脈に形成された島を貫いて下行、⑦左腎静脈と無関係に下行の3通りに分けました。
表50の結果からは、左右共に精巣(卵巣)動脈は、腎動脈より高位の腹大動脈や腎動脈から出る場合は、腎静脈の前(腹側)を下行するものが多く、腎動脈より下位の腹大動脈から出た場合には圧倒的に、下大静脈の前(腹側)を通るものが多いということが明らかになりました。なお、表50では精巣(卵巣)動脈が1本の場合に、右では腎動脈から出て下大静脈の前を通るものが7本、左では腎動脈から出て腎静脈の後を下行するものが8本観察されましたが、そのうち、右では5本、左では3本はいわゆる下副腎動脈から出ていました。
これらの変異を発生学的な面から解釈すると、精巣(卵巣)動脈は腎動脈や副腎動脈、下横隔動脈などと同じように本来、中腎へ分布する複数の外側枝系の枝に由来すると考えられ、発生のある時期には、生殖腺原基や後腎、それらに分布する動脈や静脈の位置関係は、模型的に示せば図78のようであったと考えられます。重要なことは生殖腺原基が後腎よりは腹側に位置することと、後腎が上昇して最終的な位置にほぼ納まった後に、時間をずらして生殖腺原基が下行するということです。そして、将来精巣(卵巣)動脈となるべき、腹大動脈から起始し生殖腺原基に分布している外側枝に対して、最終的な腎静脈がどの高さに形成されるかということが、非常に重要です。その結果、さまざまな精巣(卵巣)動脈の走行経路の諸型が成体において出現することになります。このことは、成体で出現する多くの所見を統合することにより、精巣(卵巣)動脈の発生過程が具体的に浮かび上がってくるということです。