下腸間膜動脈 Arteria mesenterica inferior

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J0585 (右腰動脈の分岐:腰椎の一部と筋、右側および少し頭側からの図)

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J0586 (男性の腹部大動脈:腹面図)

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J0587 (腹部内臓最深層の動脈:腹面図)

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J0588 (腹部内臓表層の動脈:前面からの図)

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J0592 (右側の閉鎖動脈の末端分枝(男性の骨盤):腹側からの図)

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J0593 (男性骨盤の動脈、左方からの図)

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J0594 (女性骨盤の動脈:左前方からの図)

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J0764 (後腹壁にある男性の泌尿器:前方からの図)

1. 解剖学的起始と位置

下腸間膜動脈は、腹大動脈の前壁から第三腰椎(L3)の高さで単一の幹として起始します(Standring, 2016)。腹腔動脈(T12レベル)と上腸間膜動脈(L1レベル)よりも尾側に位置し、3つの主要な腹部内臓動脈の中で最も細く、最も下方から分岐する動脈です。起始部の直径は約2-3mmであり、他の腹部内臓動脈と比較して著しく細い特徴があります(Moore et al., 2018)。

2. 走行経路

下腸間膜動脈は起始後、左下方に向かって斜めに走行し、後腹膜腔内を通過します。腹膜の後方を走り、左総腸骨動脈の前面を横切って骨盤腔に向かいます(Sinnatamby, 2011)。走行中、横行結腸から直腸上部に至る左側結腸全体に血液を供給する重要な役割を担います。

3. 主要分枝とその分布

3.1 左結腸動脈(Arteria colica sinistra)

下腸間膜動脈から最初に分岐する枝で、起始直後に左上方に向かって走行します。左横行結腸の遠位部と下行結腸の近位部に分布し、上行枝と下行枝に分かれます(Moore et al., 2018)。上行枝は中結腸動脈の左枝と吻合して結腸辺縁動脈(marginal artery of Drummond)を形成し、これは上腸間膜動脈系と下腸間膜動脈系を連絡する重要な側副血行路となります(Michels et al., 1965)。

3.2 S状結腸動脈(Arteriae sigmoideae)

通常2-4本(平均2-3本)の枝が下腸間膜動脈から分岐し、S状結腸に分布します(Standring, 2016)。これらの枝は互いに吻合しながらS状結腸の腸間膜内を走行し、腸壁に到達します。S状結腸動脈の数と分布パターンには個体差が大きく、臨床的にはS状結腸切除術の際に重要な解剖学的目印となります(Heald and Ryall, 1986)。

3.3 上直腸動脈(Arteria rectalis superior)

下腸間膜動脈の直接の終末枝であり、最も太い分枝です。第3仙椎の高さで左右に分岐し、直腸の後壁と側壁に沿って下降します(Sinnatamby, 2011)。直腸上部の約2/3に血液を供給し、直腸壁内で豊富な血管網を形成します。上直腸動脈は内腸骨動脈から分岐する中直腸動脈および下直腸動脈と吻合し、直腸全体の血液供給において重要な役割を果たします(Drake et al., 2015)。

4. 血管吻合と側副血行路

4.1 結腸辺縁動脈(Marginal artery of Drummond)

左結腸動脈の上行枝は上腸間膜動脈の中結腸動脈左枝と吻合し、結腸に沿って走る連続的な血管アーケードである結腸辺縁動脈を形成します(Michels et al., 1965)。この吻合は結腸全体にわたる側副血行路として機能し、一方の主要動脈が閉塞した場合でも血流を維持する重要な機構です。ただし、脾彎曲部(splenic flexure)では吻合が不十分な場合があり、この領域は「分水嶺領域(watershed area)」として虚血に脆弱です(Brandt and Boley, 2000)。

4.2 Riolanの弓(Arc of Riolan)

一部の症例では、上腸間膜動脈と下腸間膜動脈の間により太い吻合枝が存在し、これをRiolanの弓と呼びます(Lange et al., 2007)。この吻合は結腸辺縁動脈よりも結腸から離れた位置を走行し、主要な側副血行路として機能します。ただし、この用語の使用には混乱があり、現代の解剖学文献では使用頻度が減少しています。

4.3 直腸における吻合

上直腸動脈は骨盤内で内腸骨動脈由来の中直腸動脈および下直腸動脈(内陰部動脈の枝)と豊富に吻合します。この三重の血液供給システムにより、直腸は豊富な血流を受けており、直腸手術の際には出血のリスクが高くなります(Sinnatamby, 2011)。