上腕動脈

上腕動脈は大円筋の停止腱の下縁の高さで腋窩動脈よりつづいてはじまり、上腕前面の内側部で上腕二頭筋の内側(内側二頭筋溝)に沿って、正中神経および上腕静脈とともに下行し、肘関節の前面のやや遠位で橈骨動脈と尺骨動脈に分かれる。

日本人のからだ(児玉公道 2000)によると

浅(掌側)前腕動脈系(表31)

上腕の浅層動脈は、多くの場合、肘窩に到達すると通常の尺骨動脈と橈骨動脈に分岐します。浅層と深層の両上腕動脈が共存する場合は、通常、浅層は橈骨動脈に、深層は尺骨動脈になることが多いです。ただし、稀に浅層動脈が尺骨動脈になる例もあります。

これらの動脈はいずれも上腕二頭筋腱膜の深層を通ります。橈骨動脈は円回内筋の浅層を通って腕橈骨筋の内側を走り、尺骨動脈は円回内筋の深層を通って浅指屈筋と深指屈筋の間を下行します。

これまでの記述では、橈骨動脈または尺骨動脈が高位(上腕)で始まるとされていましたが、上腕部では浅上腕動脈系であり、それに橈骨動脈または尺骨動脈が続くと理解する方がやさしいと思われます。

それらに加えて、上腕の浅層動脈が前腕でも浅い動脈として続き、手掌に達する例もあります。この場合、上腕二頭筋腱膜の浅層、またはそれを深層から浅く貫き、前腕屈筋筋膜の直下を走行し、手首では屈筋支帯の浅層を走って手掌に達します。

このような動脈を浅(掌側)前腕動脈と呼び、日本解剖学名にはないですが、上肢の浅層系動脈の形成機転を考察する上で意義のある動脈と考えます。特に、浅上腕動脈や手掌での浅掌動脈弓の形態との関連が考察対象となります。

正中浅前腕動脈: 前腕屈筋筋膜の浅層を走り、手根部では屈筋支帯の中を正中神経とともに手掌に入り、浅掌動脈弓の形成に関与します。428例中7例(1.6%)に見られました(表31)。Adachi (1928 a)は約2%と述べており、大きな差はありません。この中で中浅上腕動脈から連続するものが6例、外側中浅上腕動脈からのものが1例でした。一方、通常の深い正中動脈は存在せず、浅指屈筋筋枝の痕跡枝として認められました。

尺側浅前腕動脈: 上記と同様に皮下を走りますが、尺側に位置し尺側手根屈筋の浅層を走行します。手根部では通常の尺骨動脈と同じく短掌筋の深層で屈筋支帯の浅層を通って手掌に達し、浅掌動脈弓を形成します。428側中2例(0.5%)で出現し、親動脈は1例が中浅上腕動脈で、1例が上浅上腕動脈からでした(表31)。前者の例では上腕動脈に相当する動脈から橈骨動脈が分岐し、尺骨動脈の痕跡枝や尺側反回動脈および総骨間動脈も上腕動脈の枝として分岐します。後者では上浅上腕動脈が上肢の幹動脈を形成し、本来の上腕動脈は痕跡的な枝となり、上腕深動脈と上尺側側副動脈を分岐して終わります。それゆえ、上浅上腕動脈から上腕の中程で橈骨動脈(本来の上腕動脈)と尺側浅前腕動脈とに枝分かれします。橈骨動脈になる動脈からは肘窩で本来の尺骨動脈に相当する枝を分岐し、ここから尺側反回動脈、総骨間動脈、正中および尺骨動脈の痕跡枝が分岐します。この例はAdachi (1928 a)は観察していません。

橈側浅前腕動脈: 橈側浅前腕動脈の所見は観察できませんでしたが、存在するとしても非常にまれでしょう。

以上、これらの所見は、たとえ細くても本来の上腕動脈はどれであり、浅層系の動脈はどこから始まっているかを正確に捉えることが重要であることを示しています。これにより、前腕の浅層系の動脈は、上腕の浅層系の動脈が主に橈骨動脈になるのと対照的に、正中動脈や尺骨動脈になる傾向が強いと考えられます。これら2つの動脈が手掌では浅掌動脈弓を形成する動脈であることから、浅前腕動脈系は浅掌動脈弓と密接な関係があることが示唆されます。おそらく発生学的には浅層系の形成が早く、腕の発達に伴って深層系動脈が形成されるが、その発生との関係で浅層系動脈が残存したものと考えられます。また、上腕部、前腕部、さらには手部それぞれに特有の形成原則が動脈には存在していることが推測されます。

表31 浅前腕動脈系(428側中)

表31 浅前腕動脈系(428側中)

中浅上腕動脈より 外側中浅上腕動脈 上浅上腕動脈より 計(%)
尺側浅前腕動脈 1 0 1 2(0.5)
正中浅前腕動脈 6 1 0 7(1.6)
橈側浅前腕動脈 0 0 0 0
7 1 1 9(2.1)