中心前溝動脈 Arteria sulci precentralis

中大脳動脈の皮質枝
中心前溝動脈は中大脳動脈の皮質枝で、直径0.5‑1 mm、シルビウス裂から分岐し、前頭上行動脈群に属し豊富な側副血行路を形成する。灌流領域はブローカ野を含む下前頭回弁蓋部や中前頭回、一次運動野であり、閉塞や損傷は言語障害、上肢・顔面麻痺、実行機能障害を引き起こす可能性がある。
解剖(位置・走行・分岐・灌流)
中心前溝動脈(artery of precentral sulcus;ラテン語:arteria sulci precentralis)は、中大脳動脈(middle cerebral artery; MCA)の皮質枝(cortical branch)の一つで、シルビウス裂内でMCA本幹〜島部(M1〜M2移行部)から分岐したのち、前頭葉外側面へ向かって上行する「前頭上行枝群(ascending frontal branches)」に含められることが多い(Rhoton, 2002;Standring, 2021)。
- 起始・分岐様式:MCAの上行前頭枝(例:前中心回動脈、中心前溝動脈、中心溝動脈など)と**共通幹(common trunk)**を形成して分岐する場合や、単独枝として分岐する場合がある。皮質枝は互いに吻合しやすく、同一個体内でも左右差・本数差が目立つ(Rhoton, 2002)。
- 走行:シルビウス裂外側で前頭葉弁蓋〜下前頭回の外側面へ出て、**中心前溝(precentral sulcus)**に沿って上行し、前中心回(precentral gyrus)周囲へ枝を送る。
- 灌流領域(皮質):一次運動野(primary motor cortex;Brodmann area 4)外側部、運動前野(premotor cortex;BA6)外側部、下前頭回弁蓋部(pars opercularis;BA44)周辺を含みうる。優位半球では、分布の重なりとしてブローカ野周辺(BA44/45)との関連が臨床的に重要となる(Standring, 2021)。
血管吻合・側副血行(collaterals)
MCA皮質枝は、同系統内での吻合(MCA–MCA anastomoses)に加え、前大脳動脈(ACA)の皮質枝(例:脳梁周囲動脈系の枝)や後大脳動脈(PCA)の皮質枝と軟膜吻合(leptomeningeal anastomoses)を形成し、末梢閉塞時の側副血行路として働く(Caplan, 2016;Rhoton, 2002)。中心前溝動脈は運動関連皮質に分布するため、側副の良否は運動麻痺の重症度・可逆性に影響しうる。
変異・実務上の注意点
- 皮質枝の命名は文献間で揺れが大きく、**「中心前溝動脈」とされる枝が、別文献では「前中心回動脈(precentral artery)」や「上行前頭枝」の一部として扱われることがある。したがって臨床では溝・回のランドマーク(precentral sulcus / precentral gyrus)**に対する分布で理解するのが安全である(Standring, 2021)。
- MCA分岐・皮質枝は手術・血管内治療・外傷で損傷しうるため、術前にはCTA/MRAやDSAでどの枝がどの皮質を栄養しているかを個別に評価する(Caplan, 2016)。
臨床統合(診察→画像→介入)
1) 診察(神経診察の要点)
中心前溝動脈の灌流低下・閉塞では、運動皮質(一次運動野〜運動前野)障害が主体となり、以下が中核となる(Caplan, 2016)。
- 運動:対側の上肢優位の筋力低下(顔面・上肢に強いことがある)。皮質性の分布として、手指巧緻運動障害や分離運動の低下が目立つことがある。
- 高次機能(優位半球):下前頭回弁蓋部〜その近傍が関与すると、発語の非流暢性、構音のぎこちなさ、音韻性錯語など、ブローカ領域周辺の症候が出現しうる。
- 皮質徴候:同時に隣接皮質が巻き込まれると、皮質性感覚障害、観念運動失行、注意・実行機能低下が付随しうる。