前尖(三尖弁の;右房室弁の)Cuspis anterior (Valva tricuspidalis)

J0540 (収縮した心室:心房を除去した後の基盤、弁が閉じている図)

J0545 (強く拡大した心臓の右心室:右側と上方からの図)
解剖学的構造
右房室弁の前尖(三尖弁前尖)は、三尖弁を構成する3つの弁尖の中で最も大きく、最も重要な構造的特徴を持つ弁尖です(Gray, 2020; Moore et al., 2018)。
- 位置と形態:前尖は三尖弁輪の前方部分から起始し、右心室の流出路に近接して位置しています。弁尖は薄く柔軟な線維性組織で構成され、心周期に応じて可動性を示します(Standring, 2020)。
- 付着部:弁尖の基部は三尖弁輪に付着し、自由縁には腱索(chordae tendineae)が複数付着しています。これらの腱索は乳頭筋(前乳頭筋が主)に連結し、収縮期に弁の逸脱を防ぎます(Anderson et al., 2000)。
- 他の弁尖との関係:前尖は後尖(posterior cusp)および中隔尖(septal cusp)と協調して機能します。3つの弁尖が接合する部分を交連(commissure)と呼び、前後交連と前中隔交連が前尖に関連します(Netter, 2018)。
- 組織学的構造:弁尖は3層構造を持ち、心房側の線維層(fibrosa)、中間のスポンジ層(spongiosa)、心室側の弁膜層(ventricularis)から構成されます(Schoen, 2016)。
生理学的機能
- 血流制御:心室拡張期には弁が開放し、右心房から右心室への血液流入を許容します。心室収縮期には3つの弁尖が密着して閉鎖し、血液の逆流を防止します(Guyton and Hall, 2015)。
- 圧力勾配への適応:右心系は左心系と比較して低圧系であるため、三尖弁の構造は僧帽弁よりも繊細ですが、前尖は最も大きな表面積を持ち、効率的な閉鎖に寄与します(Otto and Bonow, 2020)。
臨床的意義
- 三尖弁閉鎖不全症(Tricuspid regurgitation: TR):前尖の逸脱、腱索断裂、または弁輪拡大により、収縮期に血液が右心室から右心房へ逆流します。重症例では右心不全、肝うっ血、下腿浮腫などの症状を呈します(Nishimura et al., 2014)。
- 三尖弁狭窄症(Tricuspid stenosis: TS):リウマチ熱後の弁尖の線維化や癒合により、拡張期の血流が障害されます。前尖の可動性低下が診断の重要な所見となります(Otto and Bonow, 2020)。
- 感染性心内膜炎:静脈内薬物使用者や中心静脈カテーテル留置患者では、三尖弁、特に前尖に疣贅(vegetation)が形成されやすく、敗血症性肺塞栓の原因となります(Habib et al., 2015)。
- 心エコー図での評価:経胸壁心エコー図の心尖部四腔像や傍胸骨右室流入路像で前尖の形態と動きが観察可能です。カラードプラ法により逆流の有無と重症度を評価します(Lancellotti et al., 2013)。
- 外科的治療:三尖弁形成術では、前尖の修復(腱索再建、弁輪形成)が行われます。重症例では三尖弁置換術が選択されることもあります(Dreyfus et al., 2005)。
発生学的背景
三尖弁は胎生期に心内膜床組織から発生し、前尖は右側心内膜床から形成されます(Sadler, 2018)。先天性心疾患であるエプスタイン奇形では、前尖を含む弁尖の心室壁への付着異常が認められます(Anderson et al., 2005)。
参考文献