肝冠状間膜 Ligamentum coronarium hepatis

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J0708 (腹膜の折り返し部分と肝臓:前方からの図)

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J0709 (腹膜の折り返し部分と肝臓:上方からの図)

1. 解剖学的特徴

肝冠状間膜は、肝臓の上面と後面を覆う腹膜(臓側腹膜)と横隔膜の下面を覆う腹膜(壁側腹膜)との移行部に形成される腹膜の二重構造です(Standring, 2020)。解剖学的には、この二重の腹膜の折り返しが形成する靭帯状構造であり、肝臓を横隔膜に固定する役割を担っています(Moore et al., 2018)。この間膜は肝臓の後上面において横隔膜下面との間に広範な接触面を形成し、肝臓の安定性と位置の保持に重要な役割を果たします(Skandalakis et al., 2004)。

2. 詳細構造

肝冠状間膜は上葉(superior layer)と下葉(inferior layer)の二層構造から構成され、これらが肝臓の裸部(area nuda; 無腹膜野)を囲むように配置されています(Moore et al., 2018)。肝臓の裸部は約12×6cmの範囲にわたり、腹膜に覆われずに横隔膜と直接接触する領域です(Standring, 2020)。肝冠状間膜の右端は右三角間膜(ligamentum triangulare dextrum)に、左端は左三角間膜(ligamentum triangulare sinistrum)に連続し、これらは鋭角な三角形状の腹膜の襞を形成します(Bismuth, 2013)。組織学的には、間膜内には下横隔静脈(inferior phrenic veins)、肝静脈の小分枝、リンパ管、および横隔神経の分枝が通過しており、これらは肝臓と横隔膜の間の血管・神経連絡を担っています(Drake et al., 2019)。間膜の厚さは部位により異なり、右側では比較的厚く、左側ではやや薄い構造を示します(Strasberg, 2015)。

3. 臨床的意義

臨床的には、肝冠状間膜は肝臓手術時の重要な解剖学的指標となります。肝切除術(hepatectomy)や肝移植手術においては、この間膜の適切な剥離と処理が手術成功の鍵となり、特に肝後区域切除や拡大肝切除では横隔膜からの肝臓の剥離が必須となります(Bismuth, 2013; Strasberg, 2015)。間膜の処理時には下横隔静脈の損傷に注意が必要であり、これが不適切に処理されると術中出血や術後血腫の原因となります(Couinaud, 1999)。腹腔鏡下肝切除術の際には、肝冠状間膜の解剖学的変異(特に血管走行の変異)を術前画像診断で評価することが合併症予防に重要です(Takasaki, 1998)。肝冠状間膜領域への炎症波及は横隔膜下膿瘍(subphrenic abscess)の形成経路となり、悪性腫瘍の場合には腹膜播種や横隔膜浸潤の経路となりうるため、CT・MRI検査における重要な評価ポイントとなります(Soyer et al., 2011)。また、肝細胞癌や転移性肝癌において冠状間膜への進展は切除可能性の判断において重要な因子であり、横隔膜合併切除の必要性を決定します(Makuuchi et al., 2002)。

4. 名称の由来

「冠状間膜(coronary ligament)」という名称は、ラテン語のcorona(冠、王冠)に由来します。これは胎児期および成人の肝臓において、この間膜が肝臓の上部で冠(王冠)を思わせる弧状の形態を示すことに基づいています(Drake et al., 2019)。冠状という呼称は心臓の冠状動脈と同様に、器官を取り囲む配置を表す解剖学的命名法の一例です(Terminologia Anatomica, 1998)。

参考文献