腸間膜は、腸管が腹壁から離れている場合に存在する二重の漿膜ヒダであり、解剖学的に重要な構造です(Gray and Standring, 2016)。腹膜はその部位の腹壁を離れて腸管の表面に達し、これを包んだ後、再び腹壁に戻ります。このため、後腹壁と腸管の間に往復する2枚の腹膜が合わさった膜が生じ、この間に血管、神経、リンパ管が通過し、腸管への栄養供給路を提供します。この2枚の膜を腸間膜(広義)または総背側腸間膜と呼び、発生学的には単一の構造から派生し、部位によって胃間膜、腸間膜(狭義)、結腸間膜などに区分されます(Netter, 2019)。
腸間膜の分類と解剖学的特徴
①胃間膜:発生学的に胃は90°回転するため、背面だけでなく腹面にも膜が形成されます(Moore et al., 2018)。背側胃間膜は後に大網となり、腹側胃間膜は小網となります。これらは肝臓と胃の間の連絡路となり、肝十二指腸間膜と肝胃間膜に分かれます。臨床的には、この領域は胃切除術や肝臓手術の際に重要な操作部位となります(Skandalakis et al., 2009)。
②腸間膜(狭義):小腸間膜とも呼ばれ、空腸と回腸に付属します。その基部である腸間膜根(radix mesenterii)は第2腰椎の左側から右腸骨窩に斜めに走り、わずかに約15-18cmの長さしかありません(Coffey and O'Leary, 2016)。ここで生じた腹膜は、複雑なヒダを形成し、小腸への付着縁では6-7メートルの長さになります。この構造により小腸は自由に動くことができ、腹腔内での可動性が確保されます。腸間膜内には上腸間膜動脈と静脈、リンパ管、リンパ節、自律神経が走行しています。臨床的には、腸間膜は腸閉塞(腸捻転)、内ヘルニア、腸間膜虚血などの疾患に関与します。また、腹部外傷による腸間膜裂傷は致命的な出血を引き起こす可能性があります(Coffey et al., 2014)。腹腔鏡手術や開腹手術では、この解剖学的構造の理解が手術操作の安全性を高めます。
③結腸間膜:発生の初期には結腸全体にわたって存在しますが、発生過程で上行結腸間膜と下行結腸間膜は後腹壁と癒着(腹膜の二次的癒着)してしまうため、成人では横行結腸とS状結腸だけに間膜が残存します(Culligan et al., 2012)。横行結腸間膜は、その基部が第2腰椎の高さで膵下縁を横断し、大網後葉と付着して網嚢の底部を形成します。S状結腸間膜は、腹腔の左下部にあり、逆V字形を呈します。臨床的には、横行結腸癌やS状結腸癌の手術では、これらの間膜内のリンパ節郭清が重要となります(Heald et al., 2004)。また、結腸間膜の可動性は、腹腔鏡下手術における術野展開や腸管授動に影響します。
特殊な腸間膜と臨床的意義
なお、盲腸には通常間膜がありませんが、約25%の症例では可動性盲腸として間膜を有することがあります(Wakefield and Friedman, 2010)。虫垂は回腸終末部と連絡するヒダを有し、それを虫垂間膜(mesoappendix)と呼びます。虫垂間膜内には虫垂動脈が走行しており、虫垂切除術では出血を防ぐためにこの血管を確実に処理する必要があります(Klingensmith et al., 2015)。
最新の研究と臨床応用
腸間膜の解剖学的理解は、腹部画像診断(CT、MRI、超音波)の読影や、腹部手術(特に腹腔鏡下手術)の安全な遂行に不可欠です(Coffey et al., 2016)。また、腸間膜の脂肪組織は近年、代謝活性を持つ内分泌組織として注目されており、肥満や代謝疾患との関連も研究されています(O'Rourke et al., 2018)。最近の研究では、腸間膜が単なる支持組織ではなく、免疫調節や炎症応答にも関与する「器官」として再評価されています(Coffey and O'Leary, 2021)。
参考文献