卵巣提靱帯 Ligamentum suspensorium ovarii♀

解剖学的特徴

卵巣提靱帯(骨盤漏斗靱帯とも呼ばれる)は、卵巣を骨盤壁に固定する帯状の線維性結合組織です(Standring, 2020)。解剖学的には、外側は第5腰椎レベルの腸骨窩の腹膜下から始まり、骨盤入口部を通って卵巣間膜の上縁に沿って走行し、最終的に卵巣上極に付着します。この靱帯は子宮広間膜の一部を形成し、主に膠原線維と少量の弾性線維から構成されています(Moore et al., 2018)。

血管・神経支配

血管系としては、卵巣動脈(腹部大動脈から直接分岐)と卵巣静脈(右側は下大静脈に、左側は左腎静脈に流入)がこの靱帯内を走行します(Netter, 2019)。神経支配は主に胸腰神経叢(T10-L1)由来の交感神経線維と、骨盤内臓神経を介した副交感神経線維です(Drake et al., 2019)。さらに卵巣のリンパ液は、この靱帯内のリンパ管を通って傍大動脈リンパ節に流入します(Standring, 2020)。

臨床的重要性

臨床的重要性として、卵巣提靱帯は卵巣の位置を適切に維持する重要な支持構造であり、これが先天的に脆弱であったり、出産や加齢により弱まると、卵巣脱(下垂)や卵巣捻転のリスクが高まります(Hoffman et al., 2022)。特に捻転は卵巣への血流を阻害し、急性腹症を引き起こす緊急事態となります(Berek, 2019)。

外科的意義

婦人科手術においては、卵巣摘出術(卵巣嚢腫や卵巣癌の治療)や子宮全摘術の際に重要な解剖学的ランドマークとなります(Mann et al., 2021)。この靱帯には卵巣動静脈が含まれるため、適切にクランプ、切断、結紮することが術中出血のリスク軽減に不可欠です。腹腔鏡下手術では、この靱帯の正確な同定と適切な処理が手術成功の鍵となります(Tulandi, 2018)。また、卵巣移植術では、卵巣提靱帯の血管走行を考慮した血管吻合が必要とされます(Donnez and Dolmans, 2021)。

参考文献