筋層(膀胱の)Tunica muscularis vesicae

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J0771 (膀胱、拡張時の周囲構造付き:後方からの図)

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J0772 (膀胱、表面の筋層を取り除き拡張:後上方からの図)

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J0773 (女性の膀胱と尿路、膀胱は収縮:尿道を前方から開いている図)

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J0774 (男性の膀胱、適度に拡張され開放された:前方からの図)

1. 解剖学的構造

膀胱の筋層は膀胱壁の主要な構成要素である平滑筋層で、解剖学的には内縦走層、中輪走層、外縦走層の3層構造を持つとされてきました(Standring, 2020)。しかし、これらの層は明確に分離しているわけではなく、実際には筋束が複雑に交錯し網状構造を形成しています(Drake et al., 2019)。機能的には「排尿筋(detrusor muscle)」と総称され、副交感神経支配(主に骨盤神経を介する)により収縮し、膀胱内圧を上昇させて排尿を促進します(Fowler et al., 2008)。排尿筋は主にムスカリン性アセチルコリン受容体(特にM3サブタイプ)を介して収縮が引き起こされます(Andersson and Arner, 2004)。

2. 膀胱三角部の特殊構造

膀胱三角部(trigone)は両側の尿管口と内尿道口を結ぶ三角形の領域で、この部位の筋層は他の部位とは発生学的・組織学的に異なる特徴を持ちます。膀胱三角部の平滑筋は中胚葉性のウォルフ管由来であり、残りの膀胱壁(内胚葉由来)とは異なります(Tanagho and Pugh, 1963)。この領域では平滑筋束が密に配置され、尿管口から内尿道口にかけて連続的な筋層を形成しています(Standring, 2020)。この特殊な配列は、排尿時の尿管口閉鎖機構(尿の逆流防止)に重要な役割を果たし、膀胱内圧上昇時に尿管口が受動的に閉鎖されるメカニズムに寄与しています(Hutch, 1972)。

3. 膀胱頚部の構造と機能

膀胱頚部(bladder neck)の解剖学的構造については、長年にわたり議論が続いてきました。従来は中央層の輪状筋が「内尿道括約筋」または「膀胱括約筋」を形成するとされていましたが、現代の解剖学的研究および生理学的研究では、組織学的に明確に定義される輪状括約筋の存在は実証されていません(Fowler et al., 2008; Gosling, 1997)。代わりに、膀胱頚部の構造は以下のように理解されています。膀胱三角部から連続する内側縦走筋層が膀胱頚部から近位尿道にかけて走行し、この縦走筋の収縮によって内尿道口が漏斗状に開大し、排尿が開始されます(Elbadawi and Atta, 1984)。また、膀胱頚部には豊富な弾性線維とコラーゲン線維が存在し、これらの受動的な組織特性が尿禁制の維持に寄与しています(Gosling et al., 1981)。男性では、膀胱頚部の平滑筋はα1アドレナリン受容体に富み、交感神経刺激により収縮して蓄尿時の尿禁制に寄与します(Lepor et al., 1988)。

4. 臨床的意義

膀胱筋層の機能異常は多様な臨床症状を引き起こします。排尿筋過活動(detrusor overactivity)は、不随意の排尿筋収縮により頻尿、尿意切迫感、切迫性尿失禁などの過活動膀胱症状を引き起こします(Abrams et al., 2002)。この病態の治療には抗コリン薬やβ3アドレナリン受容体作動薬が用いられます(Nitti et al., 2013)。

神経因性膀胱では、脊髄損傷や多発性硬化症などの神経疾患により排尿筋と外尿道括約筋の協調性が失われ(排尿筋括約筋協調不全:detrusor-sphincter dyssynergia)、排尿困難、尿閉、膀胱尿管逆流、水腎症などの重篤な合併症を生じることがあります(Fowler et al., 2008; Weld and Dmochowski, 2000)。

加齢や慢性的な膀胱出口閉塞(前立腺肥大症など)により、排尿筋の代償性肥大が生じ、さらに進行すると膀胱壁の線維化や排尿筋の収縮力低下(排尿筋低活動:detrusor underactivity)が生じます(Chapple and Roehrborn, 2006; Osman et al., 2013)。これにより残尿増加や尿閉のリスクが高まります。

5. 尿禁制における役割

蓄尿時には、排尿筋は弛緩状態を維持し、膀胱のコンプライアンスを高めて低圧での尿貯留を可能にします。この弛緩状態は主に交感神経系(下腹神経を介したβ3アドレナリン受容体刺激)により維持されます(Andersson and Arner, 2004)。同時に、膀胱頚部に存在する豊富な弾性線維網とコラーゲン線維が内尿道口の受動的閉鎖に寄与し、尿禁制の維持に重要な役割を果たしています(Gosling et al., 1981; DeLancey, 1990)。特に女性では、骨盤底筋群と尿道周囲組織の支持機構が重要で、これらの構造の機能不全は腹圧性尿失禁の主要な原因となります(DeLancey, 1994; Petros and Ulmsten, 1990)。

参考文献