

前喉頭蓋脂肪体は、喉頭蓋の前方に位置する特殊な脂肪組織で、解剖学的には舌骨、舌根、甲状軟骨上縁、および喉頭蓋軟骨の間の前喉頭蓋腔(pre-epiglottic space)に存在します(Reidenbach, 1998)。この脂肪体は喉頭蓋谷(vallecula epiglottica)の直下に位置し、喉頭蓋靭帯(ligamentum thyroepiglotticum)によって喉頭蓋と接続しています(Pressman and Kelemen, 1955)。前喉頭蓋腔は舌骨甲状膜(membrana thyrohyoidea)、舌骨舌筋(musculus hyoglossus)の後方線維、および喉頭蓋軟骨の前面によって境界されています(Becker et al., 2008)。
この脂肪体の容積は個人差が大きく、成人では約2-5 cm³程度とされています(Kurita et al., 2014)。加齢とともに脂肪組織の量は減少する傾向があり、高齢者では線維組織に置換されることもあります(Reidenbach, 1998)。前喉頭蓋脂肪体は、喉頭前庭の粘膜下層と連続しており、喉頭蓋の可動性に重要な役割を果たしています(Sasaki et al., 2019)。
組織学的には、前喉頭蓋脂肪体は主に白色脂肪組織(adipose tissue)で構成され、成熟した脂肪細胞が密に集積しています(Fukuda et al., 2010)。周囲を薄い結合組織の被膜が覆い、内部には線維性の隔壁が存在して脂肪組織を小葉状に分割しています(Reidenbach, 1998)。
血管供給に関しては、上喉頭動脈(arteria laryngea superior)の枝が主な栄養血管として分布し、同名の静脈が伴走しています(Morikawa et al., 2022)。また、舌動脈(arteria lingualis)や上甲状腺動脈(arteria thyroidea superior)からの細枝も関与することがあります(Gray et al., 2020)。リンパ排液は、上深頸リンパ節(nodi lymphoidei cervicales profundi superiores)へ向かうリンパ管が豊富に分布しています(Som and Curtin, 2011)。
神経支配については、上喉頭神経(nervus laryngeus superior)の内枝からの知覚線維が分布しており、喉頭蓋周囲の感覚情報を伝達します(Sasaki et al., 2019)。この神経支配は嚥下反射の惹起に重要な役割を果たしています(Logemann et al., 2011)。
前喉頭蓋脂肪体は喉頭癌、特に喉頭蓋型喉頭癌(supraglottic laryngeal cancer)の進展経路として極めて重要です(Becker et al., 2008)。喉頭蓋に発生した腫瘍は、粘膜下層を経由して前喉頭蓋腔に浸潤し、脂肪体を置換しながら舌骨方向や舌根方向へ進展します(Zbären et al., 1996)。この進展様式は、TNM分類におけるT病期の決定や手術範囲の設定に影響を与えます(Becker et al., 2008)。
CTやMRIによる画像診断では、前喉頭蓋脂肪体の正常な低信号(脂肪濃度)が保たれているか、腫瘍浸潤による信号変化や造影効果があるかを評価することで、腫瘍の進展範囲を判定します(Kurita et al., 2014; Som and Curtin, 2011)。前喉頭蓋腔への浸潤が認められる場合、T3以上に分類され、より広範囲な切除や舌骨の合併切除が必要となることがあります(Becker et al., 2008)。