



J0762 (甲状腺、喉頭と気管に対する位置:前方からの図)
甲状舌骨膜は、甲状軟骨の上縁と舌骨体および大角の下縁との間に張る薄い線維弾性膜である(Standring, 2016)。この膜は主に弾性線維と膠原線維から構成され、喉頭の前壁および側壁を形成する重要な構造である(Gray and Goss, 1973)。膜の中央部は肥厚して甲状舌骨正中靭帯(ligamentum thyrohyoideum medianum)を形成し、甲状軟骨上縁の正中切痕から舌骨体の下縁に向かって走行する(Moore et al., 2018)。膜の両側縁は同様に肥厚して甲状舌骨外側靭帯(ligamentum thyrohyoideum laterale)となり、甲状軟骨上角と舌骨大角の後端を連結している(Drake et al., 2015)。この外側靭帯内には小さな軟骨結節(cartilago triticea)が含まれることがある(Netter, 2018)。
甲状舌骨膜の深層には甲状舌骨筋が位置し、表層は胸骨舌骨筋および肩甲舌骨筋などの舌骨下筋群に覆われている(Sinnatamby, 2011)。膜の後面は喉頭蓋前脂肪体および喉頭前庭の粘膜と接している(Williams et al., 1995)。
甲状舌骨膜は上喉頭動脈(arteria laryngea superior)および上喉頭神経内枝(ramus internus nervi laryngei superioris)の重要な通過点である(Snell, 2012)。これらの構造は甲状舌骨膜を貫通して喉頭内に進入する。上喉頭神経内枝は、甲状舌骨膜を貫通後、喉頭蓋および声門上部の粘膜に分布し、喉頭の感覚を司る(Agur and Dalley, 2017)。この神経は嚥下反射および咳反射において極めて重要な役割を果たしている(Ellis, 2006)。
上喉頭動脈は外頸動脈の上甲状腺動脈から分岐し、上喉頭神経内枝とともに甲状舌骨膜を貫通して喉頭粘膜に血液を供給する(Romanes, 1986)。この血管は喉頭内で下喉頭動脈と吻合を形成している(Rosse and Gaddum-Rosse, 1997)。
甲状舌骨膜の内側、すなわち甲状軟骨と舌骨の間には甲状舌骨嚢(bursa thyrohyoidea)が存在することがある(McMinn et al., 1998)。この滑液嚢は嚥下時における舌骨と甲状軟骨の相対的運動を円滑にし、摩擦を軽減する役割を担っている(Clemente, 2011)。嚥下時には舌骨が上前方に移動し、それに伴って喉頭全体が挙上されるが、この際に甲状舌骨膜は弾性変形を示す(Netter, 2018)。
甲状舌骨膜はまた、喉頭の位置を安定させ、舌骨と甲状軟骨を適切な距離に保持する機能を有している(Snell, 2012)。この膜の弾性特性により、発声時や嚥下時の喉頭の微細な位置調整が可能となる(Moore et al., 2018)。
臨床的には、甲状舌骨膜の損傷は重要な合併症を引き起こす可能性がある。外傷や手術操作により上喉頭神経内枝が障害されると、喉頭感覚の低下が生じ、誤嚥のリスクが増大する(Ellis, 2006)。特に甲状腺手術や頸部郭清術の際には、この神経の温存が重要である(Agur and Dalley, 2017)。
頸部の鈍的外傷においては、舌骨骨折や甲状軟骨骨折に伴って甲状舌骨膜の断裂が生じることがある(Gray and Goss, 1973)。このような損傷は喉頭の変形、気道狭窄、皮下気腫、血腫形成などを引き起こし、緊急的な気道管理を要することがある(Williams et al., 1995)。
また、甲状舌骨嚢の炎症や感染は頸部の腫脹と疼痛を引き起こし、嚥下障害の原因となることがある(McMinn et al., 1998)。この嚢は先天性頸嚢胞との鑑別も必要である(Sinnatamby, 2011)。
輪状甲状膜穿刺や気管切開などの緊急気道確保手技を行う際には、甲状舌骨膜の位置を正確に把握し、これを誤って穿刺しないよう注意が必要である(Drake et al., 2015)。